アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2017/11/10 16:52:00|ゴルフ 武者修行
単純な 自分
武蔵野カントリークラブは 中央高速道路八王子インターからも近く、都心からのアクセスは最高です。そしてメンバーさんのみのゴルフ場ですが、金曜日はビジターさんの受けいれもして下さいます。もっともキャディーさんはつきませんけどね。

メンバーさんのTさんに予約を取っていただき、今回7度目のトライ。メンバーさんのゴルフ倶楽部ですから整備は良く、グリーン廻りも大変綺麗です、そして特別トリッキーなコースではないのですがこれが難しい。
ワースト記録も出る始末なのですが。今日は丁寧にトライすることに専念いたしました。

1 決して自分を過信しない。
2 練習場の8割の力が出れば良しとする。
3 決してギャンブル的なショットをしない。

以上を肝に・肝に命じての18ホール。
出ました。 歴代3位の好スコア。このコースでは一気に10打縮める事ができました。(言わずもがな 一気に10打縮まるのですから いかに今まで悪かったか)

ゴルフを終わりましてから、そのままレッスンプロのおります練習場に直行。
先生はレッスン指導の最中でしたが、先生と目が合いOKサインで帰宅しました。

妻は帰宅すると私の顔を見て『よったわねー 』と言葉をかけてくれました。そうです、単純な私ですから、妻は顔を見ただけでスコアが解るのです。

風呂入って 寝よ。スマイル  えーゴルフ場で入ってこなかったの(妻 つぶやく)

写真はネットで買った XXIO。サンプルボールですがサンプルの文字無し。
これで、来年1年間は保つでしょう。





 







2017/11/09 11:57:08|レクイエムに魅せられて
久々の ハイドン
久々に ハイドンの 『天地創造』を聴きました。 実はハイドンのCDはあまり所有していないのです。ドイツグラムフォンの交響曲全集とその他ぽつぽつ。

古典派であり交響曲の父と呼ばれるハイドンですが、学生時代にベートーヴェンを先に聴いていた為か馴染めなかったというのが事実です。
又、バロック派とロマン派時代の間の時であり同年代にはモーッアルトもその同年代ですから、聴く順番としてはどうしても後回しになったのかもしれません。

CDの整理をしていましたら、フィリップ社の宗教音楽集の歌詞対訳が目にとまりましてその中にハイドンの『天地創造』がありますので、ここは踏ん張って久々に大作を聴くことと致しました。

CDは レーベル LONDON シカゴ交響楽団 同合唱団 指揮はショルティ です。

ご近所様には少々ご迷惑でしたが かなり音量を上げで・・・・・
オラトリオてすから やはり音量は小さいのは NG ですね。

対訳を読みながら音楽を聴くことが本当に良いのかは解りません。どうしても文章の方に気持ちが傾きます。これは、テレビやDVDでクラッシック管楽を聴くときにも感ずることなのですがね・・・・・・・

久々の ハイドン 良かったです。

 







2017/11/07 17:55:29|のんびり行こうぜ
哲学者 シュティルナー
昨今の凶悪犯罪やテロに関して、マスコミは色々な論調を述べている。それに伴って日本のあるべき刑法も又議論の対象となっているようです。

私がどうのこうのと言えるわけはないのですが、私は20歳の時に呼んだ哲学書で『灰色の哲学者 シュティルナー』の事を思い出しました。

ほこりをかぶった書棚から50年ぶりに哲学書を取り出して、改めて当時の記憶をたどってみました。現代思潮社 片岡 啓治訳
『唯一者とその所有』は彼の唯一の著書と言って良いものですが、難解な言葉はさしてないのです。しかし、『灰色の哲学者』と言われるようにその評価はまちまちです。一時ブームになったこともあるようですが・・・・。

本を開くと、当時のメモ書きや罫線が引かれており、しおりも出てきました。

私がシュティルナーから学んだことは、平たく言えば「自分がいやだと思うことは他人にはするな、なぜなら自分が一番大切であるのだから。そしてそれが唯一無二の自分にとってもっとも快いことなのだから。」

まあ、50年も前の記憶ですから、凡人の私にはその程度の記憶しかありませんがね。

でも、「自分がされたら嫌なことは、他の人にはしない事」 は自分の生き様の根底となりました。でも自分が嫌だと思うことをされたときの思いは根深いものが残ったこともありました。

まあ、凡人の凡人たる所以です。 
でも、歳をとるのも良いものです。恨み辛みも薄らいでまいりますし、自然と物事に動じなくなってまいりました。いや、鈍くなっているのかもしれませんね。 (-_-)





 







紅涙
昨日は、久々に10枚ほどのクラッシックCDを聴きましたが、やはりペルトは現代音楽の神曲であるとつくづく感じました。

『アリーナ』・『鏡の中の鏡』・そして『『アルボス〈樹〉』
静寂はこの世のすべてを陵駕し、例えるべき言葉のない美しさ、生きとし生きる者のすべての感性さえも陳腐な絵空事として包括し、絶対神にこれでもかと両刃の剣を突きつけて問う。

神は死んだのか・・・。神は何時になったら真実を示すのか・・・・。
人間にとって、いや万物にとってあなたの啓示を待っている、しかしあなたは常に自らの存在を示さず人間に預託する。絶望と疑念を幾たび払拭しひたすらあなたを待ち続けたではないか。しかし、あなたは沈黙を欺瞞に変える。
ならば、神の啓示を待つ者は愚かな存在でしかあり得ない。

ペルトは明瞭に答える。神は存在しない。 いな 神はあなた自身であると。
あなたが何者かに向かって手を合わせるのではなく、あなたはあなた自身に手を合わせるべきだと。
鏡に向かってあなた自身を写し、あなたはもう一人の自分と向き合うことが唯一神となりえるのだから。そのとき初めてあなたは『自己の存在』に驚愕を持って涙するであろう・・・と。

そのことに気づいたあなたは、畏敬の念を持って自己の核心を解き放し、真の自由人となりえるのだから。神はあなた自身に紛れもなく存在するのだから。

母が亡くなったとき、コルボのレクイエムを一晩流し続けた。
私が死んだときは、葬儀などは不要だ。『アリーナ』・『鏡の中の鏡』・そして『『アルボス〈樹〉』を聴きながら黄泉の旅立ちとしたいと思った今日この頃でした。







2017/11/01 11:24:04|レクイエムに魅せられて
ベストシーズン到来
約1カ月にわたるご近所のご自宅の改修工事も終了し、「お願いします」・「がんばります」の何をお願いされているか、何をがんばられるのか解らない選挙も済み、銀杏並木のギュィーンという伐採も済んだようです。

まさに、音楽鑑賞には最適の時期。
久しぶりにメシアンのオルガン曲を聴きましたがやっぱり難しい。北欧の合唱曲の聴き残しも何となく今一。バイキングの国ですので、幾分なりともパッションを期するところもあったのですが、白夜を感ずる静かな曲・神秘的な曲がほとんどでした。

で、何聴こうか・・・・・JAZZを聴いたり・・・・ まあ秋の夜長は虫の無き声がない時が音楽鑑賞にはベストシーズンです。

そういえば、しばらく交響曲を聴いていませなでしたので、久しぶりにブルックナーをと思いまして、手始めに朝比奈隆史先生の4番『ロマンティック』を・・・・・・
良いですね。本当に良い。

現在CDが5000枚あるのか6000枚あるのか数も解らなくなり、棚には収まらず、既に段バール箱にも4箱積み重ねの状態。断捨離もできず整理もままならず。

聴く時間はあっても、聴ききれぬ現状を考えれば、良いものを1枚・1枚丁寧に聴くことに専念したいと考えるこの頃です。