アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2016/07/15 10:02:00|のんびり行こうぜ
万年筆
いつ頃からか万年筆を集めるようになった例によって安物から集めだんだん良いものがほしくなるのが常である。

実は、私は悪筆このうえない、そして漢字は小学生低学年程度しか知らない。そんな私が万年筆にこだわるのはコンプレックスの裏返しなのだろう。

メールもラインもなかった時代に愛の告白は手紙という手段しかなかった。いや確かに電話はあったが電話で愛の告白などできようもない不器用さであった。もう50年も前の話である。

それこそ「変しい・変しい」と落語の世界である。

私の父は戦時下軍隊手帳を書く任務に就いていたから字はうまく、又漢字もよく知っていた。私には父の字を書くDNAは受け継ぐことができなかった。兄も姉も字は綺麗で上手である。

幾分なりとも手紙を万年筆で書けるようになったのは60歳を過ぎてからである。もう恋文など書く機会は全くない。

万年筆がそろってくるとインキがほしくなる。これも悪い癖でいろいろ集めたが、珍しいものほど使う機会はほぼない。

最近はスタンダードなもので何とか下手な字を書き綴っている。







2016/07/14 10:36:52|レクイエムに魅せられて
ロスコ・チャペル

1971年、アメリカ、ヒューストンに完成した「ロスコ・チャペル」。ここは超教派の礼拝堂で、あらゆる人々の瞑想と礼拝の場として開かれています。この壁面にはアメリカの抽象表現主義の画家マーク・ロスコの大きな壁画が飾られ、「静けさ、静寂、熟考」の雰囲気をかもし出しているのです。  HMVより    写真 上

その存在自身を音楽で表現しようと試みた作品です。
曲は
1. フェルドマン:ロスコ・チャペル
2. サティ:グノシェンヌ第4番
3. ケージ:Four 2
4. サティ:オジーヴ第1番
5. ケージ:イヤー・フォー・イヤー
6. サティ:オジーヴ第2番
7. サティ:グノシェンヌ第1番
8. ケージ:ファイヴ
9. サティ:グノシェンヌ第3番
10. ケージ:イン・ア・ランドスケープ

その瞑想的響きは全く説明不要だと感じます。いや説明をすればするほど陳腐なご案内しかできなくなります。
是非機会がありましたら一度お聴きいただきたいと感じます。

このCDも私の師匠からご指導いただいたものです。  直立不動 礼。

 







2016/07/10 11:41:23|母の為の ページ
広報誌 歩創 第25号
酷暑の日々が続きますが、皆様にはお変わりなきこととご推察申し上げます。

さて、介護を要するご高齢者は戦後第一次ベビーブームの方々が10年後にはピークに達すると言われております。そして介護関係の法整備も遅ればせながら徐々に充実はして参りました。しかし、現在家族の介護をしておられる方は全国で600万人もおられます。そして悲しく・痛ましいことではありますが、尊属殺人や傷害・自殺等の報道は毎日のように目にするようになってしまいました。
なぜ。どうして。 そうなのです何でも気軽に相談できる所がないことも事実なのです。当然各市町村には地域包括支援センターなどがありますが、具体的に心やすく相談できるとは限らないことが実情です。

他人に介護の苦労を聞いてもらうことだけでも、幾分なりとも心の安らぎを得られることも確かです。介護に疲れたご家族様に取りまして、弊社のショートスティをご活用いただけますれば、その間2・3日は体力・気力の回復が望めます。要介護者の方に二泊三日のご旅行にいって頂くと考えれば介護をされる方の罪悪感も少なくなります。事実、要介護者様に取りましても気分転換になりますし、他人と交わることは社会とのつながりを認識できる良い機会です。

介護離職0はもちろん、ご家族のレスパイトケア(介護から解放されてリフレッシュする)は互いの人格の維持にとても大切であると考えます。
当社には優秀な生活相談員が6名おります。又介護の経歴の長いベテラン職員も多数おります。どのようなことでも遠慮なさらずにお気軽にご相談下さいませ。皆さんと共に
一緒に介護をして参りたいと考えます。
                                          敬白
                               介護事業部 総施設長 







2016/06/30 17:17:00|レクイエムに魅せられて
新たな レクイエム
過日買い求めましたCDの1枚を車に積んで毎日聴いております。5分弱の曲。出社・退社で1日計6回のリスニング。

曲は、グリーク作曲の『ペール・ギュント』の中から第三幕の「オーセの死」。
これはイプセンによってかかれた戯曲にグリークが劇音楽として作曲されたものです。イプセンの作品で一番有名なものは『人形の家』と言えば、お若いときに一度はお読みになった方も大勢いらっしゃると感じますが。

さて、この『ペール・ギュント』とは放蕩息子の名前でして、姓はギュント名はペール。曲はペールが放蕩三昧で久しぶりに家に帰りますと、母親オーセは死の淵でして溺愛していた息子に会えてやがて安らかに臨終を迎えるという顛末。正に『オーセの死』は【レクイエム】に他なりません。

これが良い。『ペール・ギュント』そのものはどちらかと申しますとどたばた悲劇なのですが(最も悲劇ほど喜劇的なのですが)『オーセの死』はなんと深い悲しみに満ちた曲なのでしょうか。紛れもない【レクイエム】であり、葬送曲・鎮魂歌てす。

もう一つ、第5幕最終章の『ソルヴェイ(ソルヴェイグ)の子守唄』もすばらしいですよ。

というわけで、この一週間で40回以上聴きましたので、頭の中で ズゥーーーと音楽が鳴り響いています。(洗脳気味)

明日からは、私の音楽の師匠からお送り下さいましたJAZZを積んでのご出勤と致します。
 

宜しければ、 ソルヴェイの子守歌をお聴き下さい








圧倒的衝撃
日がな一日クラッシック鑑賞。

しかし、 その中の1枚のCD。現代作曲家 カンチェリ・ギアの 『キアロスクーロ』と『トワイライト』は圧倒的衝撃を受けました。

グルジア生まれの彼の様品は過去にやはり師匠から教えを頂きました1枚しか持っておりませんし、
ギドン・クレーメルの演奏『ニュー・シーズンズ』でのエクス・コントラリオという曲です。同時収録のペルトやグラス同様すばらしい作曲家だと感じましたが、今日改めて『キアロスクーロ』と『トワイライト』を聴き衝撃を受けました。

緊縛感や絶望感の中にも美しい旋律がちりばめられ、悲観は楽観に通じ、又楽観も悲観に通ずるような、いや混沌(カオス)こそまさに生命そのものであると言った感の難解な作風ですが無条件で心の底に呼びかけてくる旋律の怒濤・怒濤です。

こうなると交響曲も聴きたくなるのが私の広げすぎる節操のない音楽馬鹿となるのでしょうね。