還暦野球昭島W55野球日記

子供の頃から、大好きだった野球!喜寿を過ぎても野球ができる環境がある。まだまだ野球を楽しめる喜びを、多くの還暦選手と共に分かち合いたい。 ">
 
2023/01/28 16:09:00|還暦野球
チェンジだ! 昭島W55

《1月28日》
 昭島ホエールズの練習のため、10時30分に昭島市大神球場駐車場に着いた。すでに練習を終えた昭島ガッツ稔田監督から「カッコ良いグランドコート着てるねえ!」と声かけられた。例のGtus55を着て行ったのでちょい照れ臭かったが、「気に入っているんです!」と答えた。
 11時、A面では昭島メイツ、C面では昭島レインボー、そして昭島WはB面でそれぞれ練習を始めた。各チームとも独自のプログラムを取り入れ、選手が大声でボールを追った。
 昨年は監督だったので、ほとんど出番はなかったが、出ればK戦では6割の打率をあげた。だが、今年は振り過ぎているのか、さっぱりバットに当たらない。
 練習中、今年移籍で新入会した横山選手のシャープな打撃を見て、これは参考になるなと思い、練習後に教えを請うた。W55は若いころの打撃が忘れられず、身体が硬くなっているのにスエーの大きい振りだ。だからタイミングのあう投手なら打てるが、少し球が速くなると、右脇が開いて、詰まるし、内野フライが多くなる。
 聞いてみると、なんと最も基本的な打ち方だった。彼のために詳細は控えるが、これなら自分でもできそうだ。すこし練習してみようと思わせた彼の打撃でした。振るより、まず、球に当てなければ打撃にならない。最も基本中の基本でした。分かってはいたが、何時かチェンジしなければと思っていたのに納得が出来なかった。遅くない、チェンジ、今でしょ!
 こんなことバカでないの?と思っている貴方、いずれ打てなくなる年になれば分かります。誰にでも必ず来るのです。W55はチェンジに取り組みます。 ★昭島W55齊藤修








2023/01/23 16:26:00|還暦野球
Guts55  昭島W55

《1月23日》
 W55には、お気に入りのものが一つある。それはGuts55のウインドブレーカーだ。
 W55は、2010年に昭島ガッツのチーム創設と同時に入会し、以来、このウインドブレーカーがカッコよくて気に入り、いまだに着ている。正確には、何時作ったが忘れたが、一期生の証か。黒地に金糸でのGutsと55の刺繍が恰好が良い。
 昭島ホエールズに移籍した時に、55番のウインドブレーカーをガッツに寄付することを考えたが、その時に、昭島ガッツに背番号55番の選手がいなかった?からか、譲る機会がなかった。
 昭島ガッツの選手達に会うと、悪いなあとは思うが、今では、お気に入りで手放したくない。グランドで、このウインドブレーカーの稔田監督や氏家の兄いに会うと、元気に打ちまくった昔を思い出す。
★昭島W55齊藤修








2023/01/11 15:05:00|還暦野球
水曜日練習 昭島W55

《1月11日》
 昭島ホエールズの水曜練習が始まった。インフルでダウンした道具係のW15石川選手が出てきた。これで練習ボールがバケツ2ケ40球で練習できる。
 今年のW55は、ノッカーから守備練習の一員となった。他の選手と一緒に、左右のゴロ球を取る。守備練習は、足腰の鍛錬に必須のもの、練習が嬉しい。
 内外野の守備練習が終わると打撃練習が始まる。秋山監督がピッチングマシンを持ってきた、100Kの球速でストライク率95%だとか。まず、一人10球ぐらい送りバントの練習をするつもりだったが、調整が難しく、なかなかストライクが来ない。
 結局、打撃練習は、投手を二手に分けてのフリーをすることになった。W55は痛む肩のため、打つのを控えていたが、我慢できずに最後に船木投手の打席に入った。
 5〜6球で、いい当たりのセンターライナーが出たので止めた。トレナーさんやW4やW1に、春まで無理せずゆっくりとと云われている。打撃は、腕力でなく腰で打つものだ!とW岡本旧監督が云っていた。肩を使わずに打てるかな? だが焦らずに、まずは、少し走ることにしよう。
★昭島W55齊藤修








2023/01/07 14:32:00|還暦野球
初練習と道具係 昭島W55

《1月7日》
 雨か雪の予報に反して、素晴らしい青空。今日の昭島ホエールズは、新体制でのチーム練習初日、昭島市大神球場A面に集合した。
 新体制は、新たに八巻代表、秋山監督、小嶋助監督、船木主将が就任した。令和4年の表彰選手として、首位打者に秋山選手、Mリーグは坂本選手、古希では熊谷薫選手、敢闘賞には二刀流で活躍した枝広選手が、それぞれ受賞。還暦になったばかりの榎本選手が新入会で紹介された。
 練習が始まった。内野ゴロ、外野フライなどの守備練習を30分、各選手によるロングティー。
  今年のホエールズは、若手選手の打撃に目を見張る。W4大沼選手(写真2)、W33江川選手、W24田山選手、W2榎本選手(写真3)のセンター越えの打球を見ると、あ〜っと、ただ見ているばかりだ。W55と同じ年の新入会W21横山選手の打撃もシャープで良い。
 昨年、とにかく貧打で悩んだ昭島ホエールズ、今年は、一発で試合をひっくり返す長打を備えた強力打線に変身している。各々方、油断召されるなよ。

 練習が終わると、ボールを持ち帰り、風呂場で洗う。昨年は、監督をやりながら道具係も兼ねていた。そのため、練習や試合後には、同じ道具係のW15石川選手(今日はインフルでお休み)とW55齊藤がボール洗いをやっていた。この1年間のボール洗いで功労賞をチームから頂いた。2時間の練習、あまり疲れなかった。相変わらず左肩が痛く、打撃練習をしなかった。春にはできるだろうか。 ★昭島W55齊藤修

 








2023/01/01 11:12:00|還暦野球
55万件!昭島W55

《1月1日》
 多摩ケーブルネットから配信しているW55の「還暦野球昭島W55野球日記」のヒット数が55万件になった。
 2010年12月14日に登録し、そして最初にヒットしたのが、自分自身だった。以来、自チームの練習模様や試合結果の記事、そして野球にまつわるエピソードなどを載せてきた。さらに昭島大神球場の側を走る八高線の古事故、還暦野球の設立の歴史、昭島ホエールズのチーム名の由来となる昭島クジラの発掘、大神球場近くを走っていた五日市鉄道(今の青梅戦と異なり、立川から大神を通って拝島駅までの路線)、大神球場を通る多摩川の渡し船の跡などの記事も書いた。
 配信し始めのころは、一日数件だった。それも自分が今日は何件ヒットしたのかの確認だけだった。ブログを配信し始めてから数年、時々、グランドで「ブログを見ているよ」と声をかけてくれる選手があり、そのころからヒット数が増加し始めた。今は、1日100〜150件、試合が盛んな春秋には200件を超える。
 正直、途中何回か配信を止めようと思ったことがあったが、何時か、大好きな背番号55の55万件になる日も夢見ていた。12年でやっと到達できた。まさに続けることの大切さの一例と思う。
 還暦野球でヒットを55万本も打つのは無理だから、明日から、また、W55の還暦野球日記を、1本づつヒットを積みかさねていこう。
★昭島W55齊藤修
★因みに、1月1日元旦のヒット数は177件、2日は203件、3日は237件でした。