アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2014/05/05 15:39:00|母の為の ページ
記録 2014/5/5

午前11時 心拍数110〜140/分。酸素99%。呼吸数18〜24/分。
排尿 0時から13時までで500CC。
ソルデム3AG500ml。ビタメシン 他
全く覚醒無し、しかし私が足や手をさすると心拍数が上がる。これは安心感よりも不安を増すのではと感ずるので安静にする。

昨夜は寝られず本を読んで過ごす。朝方1,2時間寝ようと思ったところに5時18分地震があり、その後5時45分に電話がかかる。何とも言えない心持ちで電話を取ると会社の宿直者からの報告で、異常なしとのこと。「有り難う、ご苦労さま」と言って布団に横になる。6時から7時まで1時間就寝。又 嫌な夢を見た。

本は先に憲法9条に関する物を読んだが、あまりにも概念的な書物であったことから、より具体的にと考え石破茂著『国防』を読む。同時に憲法96条を理解する。







2014/05/04 12:50:00|母の為の ページ
記録 2014/5/4
昨夜は母のいない母のベットの隣でいつものように寝る。深夜何度となくおきるが、やはり母の姿はない。恐ろしい夢を2回見る。

5月4日 面会開始時間に母の病室に行く。
心拍数 120回/分から155回/分。やはり心房細動による心臓の負担は大きい。点滴も心臓の負担を考え極めてゆっくりと流している。血圧169ー96。これもいつもより上下とも30ほど高い。酸素接種96%。午前0時からの11時間で排泄尿量3000CC。
息苦しそうなので看護師が吸引をしてくださる。酸素摂取98%になる。顔色は良い。

全く覚醒しないが、母の耳元で声を掛け、私の名を言うと母の目元から大粒の涙がぼろぼと流れた。その涙をそっと拭くだけが精一杯である。

家に戻れる確立は解らない。看護師と日常生活の状態を話し合う。その後母の足と手をさすり続ける。

午後2度目の面会。病名 うっ血性心不全。急性肺炎の病名に対する治療計画書を渡される。17時 心拍数100/分から120/分と下がる。しかしこれはあくまで薬の力だ。血圧あまり変わりはないが10程度下降。酸素摂取99% これは私より良い。呼吸数20/分。排泄尿量11時から17時で1500CC。

そして私の健康診断の結果が出た。楽天家の私、ストレスには強いと自負しているが癌の疑いありとのこと。そういえばこの一年で歯が3本抜けた。母よりも1日でも長く生きることが当面の使命だ。







2014/05/03 17:33:03|母の為の ページ
緊急搬送 セカンド
母は4月のデイサービスを楽しく過ごし、5月1日のデイサービスも元気に参加した。
木曜日は私と帰宅することになっているので、他の御利用者様が帰った後でも1人でカラオケなどをして時間を過ごしていただく。
私の仕事が終わると、職員の皆さまが玄関にてお見送りをしてくださるので、母はいつも満足げである。母はある意味幸せである。
家に帰るとお茶を飲んで頂、テレビのニュースを見て過ごした後夕食となる。夕食の食事介助は私が毎日し、食事とともに会話を楽しむ。母の食事が終わると私が食事をして、その後母の薬の服薬介助、排せつ介助をしてベットに横になって頂く。
この1週間気温も良く、母もいつもより饒舌であったので安心をしていた。

翌5月2日訪問介護の方から電話があり、朝は気持ちよさそうに寝ており呼びかけに対しても目を開けられないとの連絡が勤め先に入る。以前も36時間起きていて、36時間寝ていたことがあるので、そのまま寝せておくこととした。13時再度訪問介護の方から電話があり、覚醒が悪く、水分も少々しかとられないとの報告があった。訪問介護は夕刻17時にもう一度入る。その時点での判断として私も仕事を早めに切り上げ帰宅する。訪問介護者に拒否反応を示しても、私が帰ればにっこり笑って 御苦労さんと話しかけてくる。

しかし、その日は全く反応がない。熱は37度。少々熱が高いのでクーリングを行う。脈拍は66/分特別問題はない。訪問診療のドクターに電話。今晩一晩様子を見ることで電話を切る。
5月3日深夜2時。体温は38度まで上がる。脇の下にもクーリングを開始する。一晩寝ずに様子観察を続けると、明け方体温は36度5分まで下がる。その間水をのみこめる状態ではないので、口腔ケア用のスポンジで唇、舌等をぬらす。
朝、訪問診療のドクターに訪問以来。体温36度7分。脈拍68/分。酸素98%。血圧136−85。服薬が4回とれなかった割には体調の著しい変化はない。しかし、覚醒はなく、医師との協議で救急搬送と結論する。
搬送先の病院は昨年春に入院した所で、ドクターが受け入れに関して電話をしてくださいました。
119番通報。救急車と大型消防車が来る。救急班8名。病院との連絡が取れているので10分後には自宅を出ることができた。昨年は1時間以上も病院探しをした経緯ある。

100歳と7カ月23日。母 救急搬送 セカンド。
よくよく春先は神経をとがらせて介護をしていたが、このような状況に陥ったことに対し無念で切ない。

又、明日からは、昼の食事介助、夜の食事介助と病院通いであるが、母の強い気力に望みをかける以外になすすべもない。
 







2014/04/30 12:48:04|レクイエムに魅せられて
日本国憲法 第9条
昨今 日本国憲法 第9条に関し色々取りざたされているが、良く改憲派、護憲派の見識が解らないので、憲法第9条なる本を買って読んだ。

ちょっと脱線するが、本屋に行ったらアウトレット商品なる棚があった。
これって何。本には再販売価格維持制度があるが、商品の販売価格を指示し、それを遵守させる行為であるはずでしょう。BOOKOFFならいざしらず本屋でアウトレット商品で半値ですよ。Amazonで値引きしただけでも大騒ぎだったですよね。

話を元に戻します。大変なタイトルで書き始まりましたが、そもそも日本国憲法って誰が担保し誰を確実に保証するのかな。わかりきったことですが日本国民ですよね。
でも、最近の国会なんか変。
私は護憲派でも改憲派でもありません。いえ解らないのです。
日本国憲法第9条なる文言を読むのは中学生の時以来ですからね。ずーと心に引っかかっていたことは。日本国憲法は世界のどの国よりも優れた憲法であると感じていたこと。全世界が日本と同じ第9条を遵守出来たら理想の憲法ですよね。たとえ押しつけられた憲法であってもね。日本が無条件降伏をして真っ白だったから、よってたかって戦勝国の法律学者が理想の憲法を作ったと学習してきましたからね。
でも、戦力の不保持と言いつつ自衛隊があり、膨大な国家予算をつぎ込んでいますよね。ここにも矛盾ととらえるか、いえ世界には不戦の誓いを立て克つ軍隊を持っている国はたくさんありますよね。ドイツしかりです。矛盾と感じても理想を目指していくべきか。いずれにしましても短絡的な意見は、いけんません。幸せ

今朝の東京新聞では、改憲反対が62%。拡大解釈も50%の国民が反対とのこと。

まだまだ知識不足。次は何を読みましょうか。

母 デイサービスより帰ってきました。陽気も良いのでしばらくぶりで車いすを押しながら散歩に行って参ります。
 







2014/04/26 11:46:03|レクイエムに魅せられて
ミサ曲の日

米国オバマ大統領も帰られ、東京横田基地に警備をされておられた警察の方々の姿は今日は見受けられません。正直どこから沸いてきたのかと思うほどの警察官の人数で20メートル毎に1人、2人とおられました。ご苦労様でした。

今日は母はデイサービス。10時からCD鑑賞会です。
そして、本日はミサ曲の日と決めつけまして、最初に聴きましたのがヨハネス・オケゲム。このCDは私の師匠からお送りいただいた物です。 写真 1

ヨハネス・オケゲムは、たぶん1410年生まれの1497年没のベルギー人との事。フランドル派の作曲家で、同世代にはデュファイとジョスカン・デ・プレがおります。
現存する作品は14のミサ曲、レクイエム、9つのモテット、1つのシャンソン。21のシャンソンだけである。
死者のためのミサ曲 Missa pro Defunctis は現存する最古のポリフォニックなレクイエムです。 当然ヒリアード アンサンブルによる収録。
2曲目はMissa Mi-mi(Presque transi) ミサ・ミ・ミです。
なんと心が穏やかになる曲でしょうか。

次は、同世代のジョスカン・デ・ブレのミサ。ロム・アルメを聴きました。こちらはタリス・スコラーズによる収録です。   写真 2
ミサ曲パンジェ・リングァも大変すばらしい曲ですが、本日はGimellからの曲と致しました。