一週間ぶりで昨夜は布団に寝たが、結局寝付かれず午前三時頃眠りについたのだろう。朝起きるとすべての節々がぎしぎし音をたてた。今日は出社日だが、明日の休みと振り返るために会社に電話。
14時面会許可の時間までには、7時間の待ち時間がある。心の焦りも少しある。
ペルトの「タブラ・ラサ」、「アルボス樹」を聴く。 この2曲を聴くと必ずあの映画「2001年宇宙の旅」のラストのシーンが甦る。
万物の霊長は人間である事も確かかもしれないが、人間は所詮宇宙の手のひらで生かされているだけである。
面会時間までクラッシック音楽で時間を過ごす。今日は改めて思わされた感がする。クラッシック音楽は、自分の絶対の中にある音楽を引き出す為の補足的な物では無いのだろうか。そうでなければ、なぜペルトの「アルボス樹」の『断続する平行』を聴いて私は涙するのだろうか。ヘンデルのような曲調ではあるが、全く余分な物をそぎ落とした、又特段激しい抑揚もないのになぜに私の心を揺さぶるのか。不思議ではないか。それは私の体内の音楽と「アルボス 樹」が共鳴したからにほかならない。
13時、母の好きな物を作る。作ると言ってもフードプロセッサーでペースト状にしただけではあるが。妻が用意してくれた着替えをもって出かける。
14時面会。この病院で驚かされることは、スタッフが皆、本当に優しい。駐車場の誘導係も、面会時の受付嬢も、看護師。介護士。ドクダーすべてが一言、一言丁寧で、心のこもった対応をしてくださる。
母の部屋に行くとすぐに看護師から昨夜・今朝・昼の状態の説明をしていただけた。優しく丁寧である。すぐに昨日初診でお世話になったドクダーが母の状態の説明においで下さった。処方の薬、点滴の内容、明日・明後日の対応に関してわかりやすくご説明を頂く。しかし母は昨夜より一切の食事、一滴の水も飲んではいないとのこと。
母に声を掛けると細く目を開け、私を見つめる。「わかるかい」と声を掛けるとあごを引くように頷いた。 私の用意したペースト状の苺とミカンは小さなスプーンで1口のみ。しかし突然「水」、「水」と言って80CC程の水を飲んでくれた。その後介護士さんの排泄介助を手伝い眠りについた母を確認して帰宅した。
妻は風呂に入って寝なさいと言うが、その気力無し。
何を書きたいのか、自分でも解らない。後日校正。