アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2013/04/20 6:27:55|母の為の ページ
母 崩壊が始まる
4月18日 会社より帰宅すると 母はベットで寝ていた。
背広を脱ぎ、ネクタイを外していると 母は 目が覚め 「今 会社から帰ったのかい」 と言った。 
「お母さん夕食の時間ですからおきましょうか」と声をかけると「今日一日寝ていたのかね」と言うので「いえ 3時のおやつを食べてから昼寝をしていたのですよ」と答えた。テーブルの上にはアロエヨーグルトの空いたカップと、苺のヘタが皿の上にあった。
母を椅子に座らせ、ズボンを履き替えていると とっぜん母はひきつけのように身体を左右に揺すり、あるいは前のめりになり 自分の体を支えきれない、唇はチアノーゼが出、体温の低下にも関わらす、油汗をかいている。母を抱きしめ何度も声をかけるが反応は無い。救急車か自宅安静か、又判断が二転、三転する。しばらくすると幾分落ち着き、「トイレ」と声を出した。 ポータブルトイレに誘導するとしばらくして立ちあがろうとするのを介助してそのままベットで安静とする。

4月19日朝 母の様子はいつもと変わりなく、「おはよう」と声をかけると「おはよう」と返事が返ってくる。「今日は学校がある日ですが、体がきついのであれば休みましょうか」とたずねると、「行きたい」と積極的な声が帰ってくる。着替えをし、トイレ誘導、洗面の後、整髪をし、めがねを掛けてあげるといつもの母になった。お茶を飲み、持ち物の点検をしてあげる。会社に行くことを告げると、いつものように駐車場の見えるダイニングまで来て、手を振って見送ってくれた。

4月19日 18時帰宅。 母に「今日の学校はどうでしたか」とたずねると「いつもと同じ」と返事が返ってくる。
妻が夕食の支度ができるようになったので、母のテーブルをセットし、私はビールを飲む。今日は、刺身、ネギぬた、豚肉と野菜・糸こんにゃくを煮たもの、鶏肉団子、大根と揚げの味噌汁。筍ご飯。
「おまえはご飯を食べないのかい」 「今薬を飲んでいるからまだですよ、3杯飲まないといけないので大変なのです」とビールのグラスを見せると「いい薬だね」と言って大笑いをする。右手親指がいつもよりそっているのがふと気になったが、刺し子をしているときと同じような感じのようだ。
食後、白湯を飲んでもらい、20時30分になったので、トイレ介助後ベットに誘導。穏やかな顔を見て安心する。

4月20日 1時30分 「助けて・助けて」と言う声で母の元へ行くと母はベットの脇で倒れていた。やっとの思いで抱き起こすとトイレに行きたいというのでポータブルトイレに座らせる。しかし、下半身は全く力が入らない。リハビリパンツを履き替えてベットに誘導したが、言うことがすべて支離滅裂である。いつもの単なる錯誤とは明らかに違う。
幻覚・幻聴が甚だしく、特に幻視は背筋がぞっとするぐらいリアルな表現だ。

突然 母は自分の右手を噛みだした。「この手が私に悪さをする。」
母には右手と、左手。そして麻痺した右手の3本の手がありその麻痺した手が自分に苦痛を与えていると感じている。右手をしっかり握りしめ声をかけ続けると幾分落ち着くが、目は天上の上の亜空間を眺めて、何かを探し求めている。私が誰なのかを理解しているのだろうか。しかし、手を握ってあげていることで安心する。そしてしきりに、ここは自分の家かとたずねる。
風呂以外は絶対に外したことのない腕時計の時間をたずねると 答えられない。 何時・何分・何秒まで答えていた人が、全く時計の文字盤さえ理解できない。

幾分なりとも落ち着きだしたのは4時30分頃である。
5時30分 母は自分の右手をしっかりと左手で握りしめて眠り始まった。
素人の判断になるが、18日夕刻の痙攣は、脳梗塞であろう。そして脳梗塞の症状は24時間経過すると出てくる。義母の時と同じである。ワーファリンの投与を検討するため、今日はドクターに合おう。
100歳の母を近くの病院に連れて行っても、医者は 「年ですからね」の一言で対処されてしまう。100歳の何が問題なのか、いや100歳の何が悪いのかと、腹立たしい限りだ。

崩壊が始まった母。しかし、介護は『人間の いや生命の尊厳に対する畏敬の念を持った介護』であるべきです。これからも母を一生懸命介護して、(全く未知の経験が始まるのですが)努力いたしましょう。

私も 30分程横になります。







2013/04/17 15:23:44|ゆき と コユキ
女心と 春の風

当家の ラグドール 「こゆき」はママちゃん一辺倒。私がなでなでしようものなら、かみつく・ひっかく・猫パンチ。
当家に参りましたときには、良く私と遊んだものでしたが、去勢をしてからは全く近寄れませんでした。

しかし しかしですよ この2週間というもの 異変が・・・・・・・
寝室に参りますと、私の布団の上に しかも中心に ドガッ と寝ているではありませんか。あり得ません、寝るときはママちゃんの足もとで丸くなっていたのですが、 はい そっと私がなでなでしても 怒られておりました。 それがどのような心境の変化なのでしょう。毎夜・毎夜 私の寝具の上で、ドガッ と 寝るようになったのです。
そっと叱られないように 私の足は寝具の外。足を出しながら 私は心の中でそっとつぶやきます。「こゆき」も大人になって、本物の男の価値が解るようになったのだな。・・・・・ 鶴田浩二か高倉健の心境。 満足。

こゆきの じいじ と ばあば  をご紹介いたします。じいじ と ばあば アメリカからやって参りました。
そして パピー と ママ は 日本で生まれましたが 大きな大会でチャンピオンになっております。 あたしの自慢のパピーとママは次回紹介いたしますね。

で あたし はい 東京の西に参りましたが ウフ チョット メタボ。
デモ ママちゃんがとっても可愛がってくれるのであたしは満足。
あたしがなんでも一番。 父ちゃん2番。 ウィンク

ラグドールと言う にゃんこは 最近ではやっと知名度が出て参りましたけど、 その家系は 本来難しい見たい。
ではご紹介します。 じいじ バアバ 
上の 左が パパのパパ 右が ママのパパ じいじだよ。
下の 左が パパのママ 右が ママのママ バアバだよ。 
(ジイジとバアバの写真使わせていただきました)


父ちゃんに頼んで 今度は動画をのせて貰います。 







2013/04/13 14:10:00|母の為の ページ
毎度おなじみの チューリップ

妻が買い物の最中 意識がなくなり倒れました。やれ救急車だ、やれ病院は・・・・ と大騒ぎ だったらしいのです。 はい 私は勤務中。
幸いに お隣の奥様がやはりお買い物でしたので、付き添ってくださいまして 又 どなたかは存じ上げませんが、車で自宅までお送り下さいました。 本当に有り難うございました。 その後病院に(かかりつけの公立病院)に参りましての検査。 しかし、救急搬送ではありませんので、CTやMRIは後日となり、血液検査等を行いましたが特に問題なし。 実は脳梗塞が一番心配だったのですがね。
たぶん蓄積過労でしょう。(よもや 栄養失調では無いと思いますがね。)
そのようなわけで 久々の益荒男看護師 and 介護士

今日はだいぶ良さそうなので、 もう一人ストレスのたまった方の外出と致しました。 行き先は 相も変わらず チューリップ畑。
しかし、 この何年かの中では一番の見頃でした。 手作りの二連の水車を見たり、大きな鯉の泳ぐ小川を散歩。 最後にチューリップ畑の脇で売っておりましたネギを買いまして、 はい 記念写真。

帰りましてから昼食を作り、召し上がって頂き ただ今お二人様 お昼寝中。料理は作れない物以外は 何でも作ります。困った

私は 小さな音で ブルックナー・ベスト 朝比奈隆 大阪フィルを聴くのが息抜きでした。







2013/04/06 10:37:57|母の為の ページ
心拍数
今日 母は実に5カ月ぶりに学校(デイサービス)に行った。『復学』と言うより『新学期の始まり』と母には説明。私は6時起きで昨夜からの持ち物のチェックやもしも体調急変の場合の連絡網などの確認をした。
勤め先から何度も妻に電話をし、淡々と学校での生活を送っているとのことの情報を得た。
早々に帰宅すると、母はのんきそうにテレビを見ていたので一安心。連絡帳ノートには、「昼寝を促すも、起きていますとのことで 休みは取っておりません」と記述。 連絡ノートには、体重、体温、心拍数が記載されていたが、実に心拍数48/分。一時は200近くあり、半鐘のような心拍数も、今では亀田興毅並み。夕食は正に完食。
この生命力は 怪物並みだ。 恐れ入りました。

又、私の勤めます事業所には、本日 日本音楽著作権協会に所属する方がボランティアでアコーデオン演奏に来てくださいました。懐かしい歌を皆様歌われ盛り上がった一時を過ごされました。

過日は、近くの空手道場より、幼稚園から小学校5年生までが空手の演舞をご披露いただき、御高齢者は大変喜んでくださいました。

小さなお子様と交わることは、単に子や孫と言った感覚ではなく、どこか日本人のDNAとの交わりと申しましょうか、ご自分が亡くなった後にもこの子たちが日本を支えてくれると言った思いが強いのでしょう。

うまく表現できませんが、遠目で見ておりますと実にその感がひしひしと伝わります。

ともあれ、母 復学のお知らせの一巻の語り部でした。







2013/04/02 22:00:43|レクイエムに魅せられて
逃げられた 魚

逃がしたと言うか 逃げられたというか、 ヤフオクで買えなかった品物は 何時までも悔いが残ります。

今回は タンノイ TANNOY ST-25 トゥイーター もちろん ST−50は手が出ません。 いや 手持ちのTANNOYのスピーカーとは不釣り合い。 しかし ST−25であればと入札。しかし500円違いで残念。TANNOY  GRF MEMORYは格安でしたが(35万円)、置ききれない大きさ、これもやむなしとあきらめました。いつの日か置き場所があり、小遣いが貯まって買うことができればと夢を持っております。

そこに、我がクラッシツク音楽の師匠からメールが舞い込み、とんでもない物を検討中とのこと。 師匠のスピーカーは、『臨時ユースが飛び込んだ』 でご紹介させて頂いた通り、超モンスター。 しかし、師匠はさらに上をお望みのようで、【師匠もういいでしょう】とつぶやいてしまいました。しかし、師匠のパワーアンプは知らない人がないほどのこれまたモンスターの名器。 師匠の気持ちとしてはさらに上をお望みなのでしょう。

私は、過日師匠よりお送りいただいたCD三昧。実は明日も東京は雨とのことで、内心 「しめ しめ 明日も音楽三昧だ」とほくそえんでおります。
いえいえ「お母さん おやつ買いに行きます」。それに明日は介護認定調査。 良くなっていればよいのですがね。

夜遅くなってからは、さすがに交響曲はお隣迷惑。 ヘンデルの『木管のためのソナタ全集』がおだやかでいいですね。。木管楽器の良さが改めて 心に響く名曲揃いです。
そして 毎夜毎夜 ラストワンはヨーヨー・マのベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69 がお休み前の 1曲です。