アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2013/08/01 18:03:00|母の為の ページ
母 ボランティア様と楽しむ
私の施設には、多くのボランティア様のご厚意により毎週催し物が開かれております。開設以来の民謡の会、ひょっとこ踊り、大正琴、フラダンス、そして昨日はトロンボーンとサキソホーンの競演演奏会が開かれました。
音楽に合わせて、声を出す。体を動かしてリズムを取る。それらを複合的に行うことによって自然と体の緊張がほどけ微笑みが出て参ります。
このような音楽によるリハビリを『リトミック』と申します。
写真 左は当社の専属ドライバーのSさんで、長年自衛隊の吹奏部におられました。 

母は民謡会の時、大きな声で歌いまして、「高音できれいな声ですね。」とお褒めの言葉を頂きました。

日常では、自分で立ち上がろうとする行為が頻回になり、【元気になりつつ】それが滑落や転倒リスクを生んでおります。仕事の最中、携帯が鳴りますとドキッと致します。妻から母がベットから滑落したとの電話です。会社を抜け出し自宅に。排泄介助をしてベットに移乗させ、とんぼ返りで会社に戻ることがここ数日続いております。この予防策はなかなか見つかりません。何度立上がらないように言い聞かせても、大きな手紙を張り出しても、認知の母には守って貰うことは困難です。

骨折だけはしないように、万全の対策を取りましょう。








2013/07/30 11:33:04|母の為の ページ
介護の人生
私が母の介護をしていると、さすがに疲れることもあります。そのようなとき私は介護で人生を過ごしてしまった人を思い出します。

仮にAさんと申しておきましょう。
まだ私が介護など他人事だと感じていた頃、仕事の関係でAさん宅を尋ねますとAさんは凛とした対応をなさる方でとりつく島のない人で御座いました。しかし、何度かおたずねしている間に、いわゆる世間話もしていただけるようになり、やがてAさんの壮絶な介護人生をお聞きすることが出来ました。

Aさんは大きな地主さんの家に嫁ぎました。金銭的なご不自由は無かったのでしょうが、嫁いでまもなく、舅さんの介護が必要になりました。当然嫁であるAさんの仕事となりました。しかし姑との確執は大変だったとの事でした。夫と嫁。姑さんは自分で介護がしたかったのでしょうが、老々介護であり、やはりお嫁さんの力を借りざるを得なかったのでしょう。やがて、舅さんが亡くなりましたが次は姑さんの介護が始まりました。認知症と嫁との確執で、介護は並みのご苦労では無かったようで御座います。やがて、姑さんもお亡くなりになりました。
嫁に来てから初めて心の落ち着く場所を得られ、結婚以来どこにもお出かけにならなかったので、「のんびり旅行に行きましょうね。」と ご主人と話をしましたが、なぜかご主人の様子が変なので病院を訪ねますと、『若年性アルツハイマー』との診断でした。若いご主人の病気の進行は早く、私が尋ねた時分は、籐の長いすに静かに眠っている毎日でした。『モーツアルトが良いと聞けば、CDを沢山買って聴かせ、何がよいと言えば試しては見るのですが・・・。』。そして『ヘルパーさんもお願いしているのですが、拒否があるようなので、私が身体介護をすると、何も解らないのですが、何となく私であることが解るみたいで安心するのですよ。』と申しておられました。

私がそのお話をお聞きして、4,5カ月経ったときにご主人が亡くなられ、私も葬儀に参列させていただきました。Aさんは凛として喪主を務められておられました。

ご主人の100カ日の法要が近づいたとき、Aさんが亡くなられたとの訃報を聞きました。
壮絶な介護の人生であったことは、ついにAさんの寿命もそぎ落としてしまったのでしょう。


今週のCD
ブルックナー 交響曲第2番(初稿) 
シモーネ・ヤング&ハンブルク・フィル(ハイブリッドSACD)














2013/07/23 19:34:05|母の為の ページ
人間万事塞翁が馬
人間万事塞翁が馬  (じんかんばんじさいおうがうま)。
母の介護をしていてふと思うことがある。私は本社不動産部に長く勤め、自分なりに立ち上げてきたと言う自負心があった。しかし介護事業部が出来て、突然職場の移動の話があり退職を真剣に考えたが、人材的にも私以外は適任者はおらず、又部下には移動を指示していたのに自分だけわがままを言って移動を拒むことは虫が良すぎると判断した。

そして今、母の介護をするようになって回りに多くの介護のプロがいることは、どれほど私の助けになっているだろうか。人間万事塞翁が馬である。

思えば大学を卒業した時、銀行への就職を進められたが20年後にはリストラの嵐が吹いた。就職は一部上場の会社に就職し、わずか2年で退職したが、私の50歳の時その会社は会社更生法の適用を受けた。

今は地方の会社であるが、こつこつと仕事をして現在の立場を得ることが出来た。 何が幸いして、何が災いの元か。
私にも年金支給開始の知らせが来たが、勤めを続けていれば年金は支給されないだろう。でも考えてみたらこの年まで健康で仕事が出来るのだから すべからく人間万事塞翁が馬である と思いう。

母は今日ばデイである、作業療法士の指導の下、一生懸命手足を動かしている。私はそっと後ろから眺めている。








2013/07/20 18:32:00|母の為の ページ
レスパイトケア
レスパイトケアとは、被介護者から一次介護を離れて介護者が休息を取ると言う意味だが、どうしても私には、介護放棄ではないのだが罪悪感がつきまとう。パーフェクトな介護をしようという思いが強い人ほどその感は強いのだろうか。しかし、介護者の疲労やストレスが溜まったままでは結果として良い介護は出来ない。

又、被介護者にとっても、一日ベットの上で過ごすことは、やはりストレスの原因となる。上手にディサービスやショートスティを活用する事も大切であると感ずる。主介護者が女性であれば、時にはのんびりとウィンドゥショッピングする事も必用だろうし、男性であればゴルフや釣りなど自分の趣味を楽しむことも必用だろう。

かくして私は、のんびりクラッシック音楽を聴く時間はと言うと、皆無である。8月には私の休みの日と母のデイサービスの日を何日かダブらせて、私もレスパイトケアなるものを取ることと決定した。
月に4日。1日6時間で延べ24時間のレスパイトケア。
仕事柄要介護者の御家族にはレスパイトケアの大切さを力説しているが、はてさて、自分の立場で考えるとどうなのであろうか。

母は7施設従業員総勢70数名の総施設長が私であることは知らない。なぜか昼の食事時間と帰りの送迎になるとひょっこりと顔を出す息子の行動を不思議に思っている。

クラッシックCDはシモーネ・ヤングのブラームス交響曲第1番を車で出社の時、第1楽章、帰りに第2・3楽章。翌朝第4楽章とぶつ切れ鑑賞。
しかし、すばらしい指揮者である。ゆっくりとしたテンポは正に交響曲と呼ぶにふさわしい雄大さを表現し、しかし、もやもやとした感はなく、音の切れは良い。女性の指揮者とは思えない力強さを感じるが、繊細さも又女性ならではの表現である。
出来れば彼女のブルックナーを聴きたいと思っている。







2013/07/16 13:05:00|母の為の ページ
母狸
仕事から帰ると母は眠っていた。
ネクタイを取り、甚平に着替えをして母の元に。
入れ歯が無いので上唇は落ち込み、なぜか下あごが突き出ているように見える。
白い髪もだいぶ薄くなってきている。
そっと母の頭をなでると、突然母は目をつぶったままで
「かわいいだろう」と言う。「そうだねかわいいね」と返事をすると、
目を閉じたままで、にっこり笑った。
母の耳元で「私も子どもの時はかわいかったかかい」と尋ねると「うん、かわいかったよ」とまたも目を閉じたまま返事が返ってきた。
「お母さんも100歳になって益々かわいくなってきたね。」と言うと、少し口を開いて、又にっこりと笑った。

そこで  すかさず私は、「お母さんは牛(母は丑年である。)だと思ったら、狸だったのですね。」と言うと、母は目を明けて大きな声で笑った。

さあ、排泄介助・清拭・そして夕食にしましょう。