前職場の話です。 前職は不動産部の管理の仕事をしておりました。 ある日、マンション住民の方からゴミ集積所の裏に汚物があるので対処して欲しいとの電話がありました。酔っぱらいの嘔吐物だろうと感じ、すぐに巡回清掃業者に手配を取りました。その日の夕刻報告があり、人糞であるとのことでした。まあ酔っぱらいが自宅まで我慢できずに、ゴミ集積所の陰で・・・・。 それから1週間ほどたちまして、又同じ事があり、それからは3日ないし4日め毎に汚物の報告を受けました。これは単なる酔っぱらいの仕業ではないと感じ、かなりきつい文言の警告文をゴミ集積所に張り出しました。すると汚物は無くなり、私もその事の記憶が遠ざかった時、新聞の地方版の小さな記事が目にとまりました。 老女の死体遺棄事件です。 朝、マンションのゴミ集積所の手前に1台の車が駐まり、車から50代の男性が降りると、仕事に向かうのでしょう車を無断駐車したままで駅の方向に歩いて行きます。駅迄はかなりの距離がありますが、無断駐車をとがめられない場所を選んでいたのでしょう。 そして、その車の助手席には80歳を過ぎたと思える老女が静かに男の帰りを待ち一日中車で過ごしておりました。男がおいていった昼食とペットボトルの水を飲みながら、ひたすら男の帰りを待っていました。 男の帰りが遅いときもあったのでしょう、排泄が我慢できずゴミ集積所の陰に隠れて・・・・・・・・ 男には家が無く、唯一車が生活の場だったのでしょう。又老女も生活保護を受けられたのでしょうが、そうすると男とは別々の生活を強いられます。夜はどこかの林の中で就寝していたのでしょう。男は季節と陽気を考え、老女に負担のかからない駐車場所を何カ所か確保していたのでしょう。 そして 老女の死体遺棄事件が起こり、まもなく男が逮捕されました。 しかし、殺人ではなく、死体の損壊もありませんでした。そして、二人をよく見かけていた数人の方が減刑の署名と嘆願書を裁判所に提出しました。 二人の関係は想像の域を出ませんが、男は老女に母の面影を見いだし、又 老女も男に子息を思い起こさせたのかもしれません。単に男の憐憫の情だけでは解決しかねます。実の親子関係でない故に情愛の深さを感じます。いや恋愛の感情があったのかも知れません。いずれにしましても想像の域は出ないのですから。 老女は死ぬとき男を待ちわびていたのでしょうか、あるいは男に看取られ息を引き取ったのでしょうか。 男が河原に老女を遺棄するとき、男の心境は悔恨と無念でいっぱいだったのではないでしょうか。決して安堵の気持ちでなかったことは確かだと感じます。 胸が詰まってうまく言い表せんが、今、特別養護老人ホームが乱立気味で、申請すれば わりと早く施設に入所することが出来ます。 個々の家庭の問題です。早く施設に父母を入られることも選択肢の1つでしょう。良い・悪い。正しい・過ちの問題では決してありません。がしかし、この事件を思い出すたびに なぜか介護事業部の施設長としてやるせない気持ちになってしまうのはなぜなのでしょうか。 社会保障制度 とりわけ生活保護の問題。(1例 交通手段が無いところでも車を持っているだけで生活保護の対象にはなりません。別件で壮絶な死を私は目にしております。) 高齢者の独居と孤独死。(1例 バブル期住み慣れた町から転居を余儀なくさせられ、知人も友人も失って見知らぬ町で孤独に死んでいった方、私もバブルに荷担した1人です。私の恥部でもあります。) 介護・看護。訪問診療の問題等々。(1例 無医村の町に遠方から医者が訪問診療することの違法性) 今 高齢者の時代を迎え正に問題は山積しています。 死体遺棄事件は情愛の関係に留まらず、多くの問題を提示しています。誰か優秀な脚本家が映画にしていただければと感じます。 「サンダカン八番娼館 望郷」の田中絹代と高倉健で映画化でもしていたらと考えてしまうのは、単に私のセンチメンタリズムでしょうか。 |