遺魂 を読んで40年ぶりに私の琴線の小さな核に炎(ほむら)が付いた気がする。
CD 「MISHIMA」は何度か聴いた。 緒方拳のジャケットである。しかし、映画は見ていない。そういえば、「憂国」も見ていない。今のように手軽にCDなど無かった時代である。又、「憂国」は三島夫人の意向で上映が打ち切られ、さらに「MISHIMA」は日本では上映されなかったはずである。
ならばと、一気にCDを検索 ボチリ・ボチリとやり落札。届くのが待ち遠しい。
久しぶりにCD「MISHIMA」を聴こうと思ったが行方不明。 ではと取り出したのは大澤寿人 ピアノ協奏曲第3番 変イ長調『神風協奏曲』である。 1938年 第二次世界大戦の前に作られた日本人のピアノ協奏曲である。 こんなにすばらしい曲が日本人の手により作曲されていたにもかかわらず、当時は理解されなかったとのこと。
さてさて、三島由紀夫であるが彼の本を概ね破読した後、私は純文学を読まなくなった。いや少々は読んだのだが、すべてが色あせた陳腐な内容に思えた。又どなたの文章であっても文体に惹かれることは全くなかった。三島文学の毒牙はいまも脳髄にしっかりと留まっているのである。
『憂国』の事を記述し始まるときりがないと思う。まだお読みになっていない方は是非読んでいただき、人それぞれに感じていただけたらそれで良しとするほかない。 テレビでも憲法改定が論じられている昨今、一読して国を憂う事とは何かを感じていただきたい。 まあ 銀座のクラブのママはこれ以上のエロ本は無いと言うし、新右翼に傾倒する方もおられるやも知らないし、そう私と同年代の自称元左翼の方々は改めて読み直していただきたいと感じます。左翼は右翼に通ずるとまでは言いませんがね。
ああ、話がこんがらかって長くなりそう。
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