気のゆるみと申しましょうか、心の隙間を突かれたと申しましょうか、インフルエンザB型にかかってしまいました。 たぶん私の記憶では、インフルエンザなるものにかかったのは人生初めてのような気がいたします。一昨年の秋口に予防接種を致しました時、かなりひどい症状になりましたので昨年の秋は接種をためらいましたが、職場が介護事業ですのでご利用者様の事を考えれば接種は必修項目のようなもので、予防注射は致しておりました。
3月29日、母をベットに寝かせましてから、のんびり風呂に入りまして、風呂から出るとあちこちの関節が痛むものですから、妻に湿布薬を張ってもらいまして母のとなりで就寝。 夜間に多量の発汗がありまして、朝は布団から起き上がることも出来ませんでした。しかし、月末ですので社員の給与の〆をしなければなりません。やっとの思いで出社。勤怠や残業申請をまとめて、その足で主治医に参りますとインフルエンザB型とのこと。
母の介護事業所の方にお電話を差し上げ、母のための全面介護を依頼しました。 しかし、やはり深夜の介護は私がせざるを得ません。
すべての関節が痛み、指の関節1つ1つも痛く手を握ることも出来ません。母を抱きかかえてポータブルトイレに移乗させることなど至難の業です。
昼間は感染を予防するため2階の自室に閉じこもり、母の介護はヘルパーさんにお任せ状態です。
静かに寝ておれますと、母の部屋からヘルパーさんと母の笑い声が聞こえます。朗らかなヘルパーさんなのでしょう、良くお笑いになる声が2階まで届きます。 そして、私はふと母とこんなに笑い合うことがこの一年であっただろうかと考えました。 私は、介護の完璧性を求めるが故に心のゆとりがだんだんと閉塞し、母の心のケア−を置き去りにしてしまったのではないか。一年前までは他言をはばかるようなくだらない話で笑いあい、「お腹がよじれてしまうから馬鹿な話はもうよしなさい」と笑いあっていた事を思い出しました。
一生懸命介護をすればするほど、母の心の中に私に対する「申し訳ない」と言う気持ちが大きくなり、だんだん笑顔が消えていったのではないでしょうか。
過日 母がぼそっと言いました。「お前も眠れず辛いだろうが、私だってこんな体になってどんなに辛いか。」私の肉体的つらさよりも母の精神的つらさをくみ取ってあげなければ、本物の介護ではありません。 介護事業の長として、そして最も身近な母の介護でさえ『介護は心のケアー』であることを失念している自分が恥ずかしい限りでした。
母と暮らして10年。初めて寝込みました。介護事業部に移って6年初めて4連休を取りました。
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