春夏秋冬ある日のつぶやき

西多摩には春夏秋冬それぞれの大切な自然があります。 そんな、自然の中で感じたり、体験したりした事を紹介します。 一緒に自然の中に遊びに行きませんか。 《夏シリーズ》
 
2013/06/16 19:16:44|自然
多摩川の鮎 その5
明治になると上納鮎の制度は無くなり、一時は鮎漁もさびれたようですが、魚として人気の高い鮎はまだまだ需要があったようで、多摩川中、上流で取れた鮎は東京に運ばれていたようです。取れた鮎を担いで
運んでいたのはすごいですね。
それだけ高く売れて良い収入になったのでしょう。
その後、鉄道が通ると担ぎは電車電車?汽車に替わりました。

人々に鮎の人気が高いのは、その淡白な味と、体から発する香りですが、多摩川の鮎は他の川に比べ味と香りが良かったようです。

川漁師はこの香りで川にどれだけの鮎がいるか見当をつけて漁をしていたといいますから、大事な香りなのですね。
現代の太公望もよ〜く解かると思います。

夏の夕方、昼間の暑さが一段落、カジカ蛙が啼いて、鮎の香りがする多摩川を散歩してみたいですね。いいだろうな〜。自信まんまん







2013/06/12 20:55:49|自然
多摩川の上納鮎 その4
多摩川の鮎が評価されていたこの頃、鮎の需要は相模川系の鮎も
獲られ江戸に供給されていたようですが、やはり獲れてすぐに市場に
持ち込まれる多摩川の鮎は重宝がられていたようです。
当時の文献にも、「玉川の鮎、他川とは異なり、金色に輝き美味なり」
とも記載されており、いささかオーバーな表現ではあるが、それだけ
鮮度の高い鮎が供給されていたのを物語るものですね。
今の太公望たちはどうにかしてこの金色の鮎を釣ってみたいでしょうね。
皆さんの努力次第で多摩川は復活します。
ぜひ、金色の多摩川鮎を見て、釣って、食べてみましょう。

さて、明治になったら多摩川の鮎はどうなったでしょう。
それはNO5で・・・・・・パー







2013/06/08 19:52:02|その他
多摩川上納鮎その3
(^-^)/魚をとる技術は発達したが、相変わらずお上の命令はキツイ。とうとう上納鮎のために一般の禁漁期間や禁漁地域を決められる事になったみたいです。(御留め川)ほかにも色々な魚法[魚に対する法律]が作られたようです。全川に渡り稚魚の捕獲を禁止したり、色々な資源保護対策がなされていたようです。為政者の農民に対する収奪の為だから問題ですね。(?_?)







2013/06/06 12:58:05|その他
多摩川の上納鮎その2
(^-^)/多摩川の上納鮎はその当時かなり流域の農民には過酷なものだったようです。[一定の大きさを揃えて何日までに上納せよ]なんて命令が出てたようです。10000匹揃えるには30000〜40000匹の鮎を取って、その中からお上の条件に沿った鮎を選ぶという、大変なものだったようです。
正に村をあげての一大事業だったようです。でも、こんな困難で過酷な事も、一方では多摩川の鮎漁技術の向上を促すことになり、様々な漁が発達しました。\(^_^)/







2013/06/02 20:22:51|自然
多摩川の上納鮎 その1
多摩川って意外と鮎では有名なんです。
江戸時代には中、上流域では鮎を取って幕府に上納したり、特産品として鮎を売っていたそうです。多摩川が江戸という大消費地に近かった為、徳川家を初め、諸大名からの需要が多かったと見られます。
消費地に近いと、鮮度の問題も解決しますし都合が良かったんでしょう。
多摩川沿いの村々には、鮎を課役とする上納鮎の制度も定められ、お上からの要求を満たす為に流域の農民達はあの手、この手で定められた数の鮎をそろえていたそうです。いつの世もユーザーの要求に応えるのは大変だったんですね。