サイクリストのお助け茶屋(鬼ボッコ)

価値観の違いで生きざまが変わる?
 
2016/07/17 23:12:53|その他
㉓ あなたならどうする?
ごった返すギャンブル場にその男と2人で家内に会いに行ったのはちょうど北風の吹く寒い暮れの事でした。仕事着を着て化粧もせず働く家内の姿を見てもらい休憩時間に直接会って貰った。どの程度本人が感じているかは相手の気持ちであってそこまでは計り知れないその後に日を改めてお金を渡した。返済は仕事が回復してから少しずつ返すと云う無期限で・・しかし、それから半年もしないうちに彼の会社は倒産し、自己破産をかけて居なくなってしまった。それほどまでにせっぱ詰まっていたなら何故、借金を重ねたのか今になって貸したのを後悔した。それも家内の貯金である、金より何より悔しかったのは自分が生きているうちに困った人の為に少しでも力になれる状態にいたなら贅沢なんかしなくても人助けが贅沢だと自分に言い聞かせていた。それを裏切られた事で人間不信になってしまいその「わずかな希望」さえ失わせられたその事に激しい憤りを感じた!だがこんな仕打ちで性格まで曲げさせられたら自分の負けになってしまう。全て自分の行いがそうさせた事で責任の半分は自分にも在ると思い、泣く泣くあきらめるとは云わぬが相手の出方を待つしかなかった。
・・・さあなたならどうする・・・







2016/07/12 21:12:50|その他
㉒ あなたならどうする?

もともと自転車競技が好な兄貴が「レース仲間の集う店を」と云うコンセプトで始めた店なものですから、商売と云うよりも、兄貴は自転車競技を発展させる事に夢中で「儲けより楽しみましょう!」を何よりと考える人、そんなこんなでクラブ員は全国でも最大と云える人数を抱えるようになり兄貴はレースの開催や関連団体との折衝でほとんど店に顔を出さなくなっていた。となると商売上手でもない俺がいつも店にいる状態になって嫌でもいろんなお客と話し込むようになる。そこで商売とは金にならない一見無駄な様な事が実は大切な役割を果たしていると云う事を学んだ。何のとりえも無い俺でも・・仮に、落ち込んだ人が店に来て俺と世間話をして店から出る時に「あ〜私はまだまだ救われている世の中、下には下が居るもんだ」と胸張って帰れたとしたら?そこに「俺の存在価値があるのでは?」と考えていた。そして商売も次第に順調になり幾らかやっていける目星がついた頃お店のクラブ員から「俺の仕事も負債が溜ってしまい潰れるかも?」と聞かされた。クラブ員の面倒見の良いとても熱心な人からの頼み事で「幾らあれば持ち直せるの?」と聞いた。「取り敢えず200万あれば何とか」家のクラブの名前を自分の商用車の車体にまで書き込んでいるくらい協力してくれる人の頼みなので何とか力になってあげたいと思い家内とも相談して貸すことにした。だが簡単に大金を貸せるほど金が有る訳でなし、右から左に渡したら誰でも貸主の内情まで読み取れないので「裕福なんだろう?」くらいしか思われない、誰もが必死に働いて頑張っている処を見せない限り借金返済などおぼつかないと考え、いっそ実態を解って貰っての上で貸す事にした。それは俺が貸すのではなく家内が働いた金を貸すので家内から直接借りて欲しいと言い家内の職場であるギャンブル場に一緒に行きそこで本人から貸して貰う事にした。・・・さ〜あなたならどうする?







2016/06/30 7:50:25|その他
㉑ あなたならどうする?
初めは立川の店で何年か働いていたが、やはり都心に店舗を持たないといずれ力の強い店に押され先細りになってしまう。より立地条件のいい地区に出店したい、かといって資本力もない新参者の専門店が生き残るには既存の老舗を刺激せず敵を作らぬ戦略を立てねば・・彼らが問屋を通して圧力を掛けて来るのは目に見えている。そこでメーカーさんの上得意店の有る地区は避け、都内でも混雑する私鉄や国鉄の交差している駅の近くを物色する事にした。いかんせん少ない元手じゃ駅の近辺は小さな店舗しか借りられない、街の自転車屋なら預かり自転車の台数も知れたものだが、うちの店の様な競技用専門店は皆さんスポーツ車で来店する訳で駅前商店街だとかえって通行の迷惑になってしまう。そこで次に考えたのがスポーツ愛好家の集う場所?スポーツの種目など何でもいいから、とりあえずスポーツに興味のある人にターゲットを絞り商店街で無い処を探した。そ〜有ったんですよ!1つの神社と2つのお寺に挟まれた人通の少ない寂しい場所が?其処は東京体育館と国立競技場の中間地点で神社の脇を抜けてすぐの処で道路を挟んで左側は寺の長くて高い石塀で反対側はマンシヨンと民家、お店らしいものは蕎麦屋と小さなクリーニング屋の2軒とこれまた物置の様な墓石屋さん。裏は取り壊した大きな屋敷の廃墟いくら繁華街を避けると云っても寂しすぎ!でも昔から神社やお寺の前は商売に向いていると聞いた事も有って半信半疑だったが何よりもお客様の自転車が安心して置けるここに決めた。そ〜です皆さんの思惑通りお客なんてまるっきり有りません。そして1〜2年過ぎいよいよ掛け持ちでバイトでもしないと・・しかし商いは飽きないだと我慢して貯金の取り崩しと家内の稼ぎで何とか食っていた。スーパーで貰ったサービス券を集めて食べたりもした。
・・さああなたならどうする・・







2016/06/23 18:43:45|その他
S あなたならどうする?
骨折の手の方も自助努力(ほんとだもの)も有りますがお蔭様でなんとか報われ少しずつ回復してきた。未だかつて自分からこれほど真剣に治療に取り組んだ事はない、大切な手首だもの必ず直してみせると云う信念は鬼のごとくで自分でもビックリするほど、確かに医者もさすが名医と云われるだけの事は有るがこの名医が曲者で腕もいいが手も早いと噂で聞いた。それも事実の様で俺の手を直して何年もしないうちに愛人を作って医院をたたんで行方知れずになってしまったと風の噂、云われてみれば通りから見えた看板はすでに降ろされていた。もしかして俺の怪我が最後の大仕事で直して貰えたのがラッキーだったかも?俺の変わり身が速いのは子供の頃からの性分で「内容は〜感心しね〜がってか?」ゴメン!中学生の頃は知らんかった事にしてくんない?ところで次の仕事だが・・頭が無くても体力勝負で何とかなるとしたらスポーツ?そう云えば高校時代にプロ競輪選手から勧誘されたがギャンブルで母子を泣かす博打のサイコロにはなりませんと断ったが今思うと・・あの時なっていれば億単位で稼げたかも?その金で慈善事業のはしくれも出来たかも「レバ・カモ?」ダメな代名詞だよね、そこで長兄がサイドビジネスでやっていた競技用自転車屋の店員になる事に決めた。自転車競技は長兄に感化されて高校時代に国体ロードで4位になった事くらいで・・それも好きと云うよりアゴ足付きで授業は出席扱いになり旅行気分で楽しめるから?特別に自転車が好きと云う訳ではなかった。それでも俺に残された希望のもてるスポーツ関係の仕事で多少の知識が有るのは自転車しかなかった。・・・さあ?あなたならどうする・・







2016/06/19 22:27:00|その他
R あなたならどうする?

とにかく骨折箇所にも寄るが風呂に入る時は手首をビニール袋に入れて湯船に浸かったがタオルを絞るのが骨でまいった。それでも現場仕事で屋根のナマコ張りなど上に乗って仕事していました。もっともこの事故の何年か前には基礎工事で電信柱の穴を開け鉄柱を埋け込む工事をした時グレーンで持ち上げたワイヤーの内側に入ってしまい倒れて来たH型鋼で額を切り耳も骨折という怪我も有ったりしたので今度は危険が無い仕事を?俺は一度着いた仕事は二度としない主義を通してますので次の仕事を見つけるのも容易ではない、今みたいにパソコン主体で頭が有ればディスクワークも考えますが35年前だものパソコンは、コンピューターとして一部の大企業が使っていたくらい。俺の職業選択の基本は「これから何が流行るか?」で決めます。だからと云って特技が有るでなし、仕方なく「人間が生きて行く上で最も大切なものは何か」の原点から改めて考えてみる事にした。身体を壊したからと云う訳でもないが何をやるにも身体が基本「それじゃ〜健康産業?」と云う事は「身体を鍛える仕事か薬を売るか?」このどちらかしかない「だれ〜危険ドラックて!」しかし今の俺が薬事法を勉強して医療関係に進むにはいささか遅過ぎだし何よりも薬学部になど逆立ちしても受からない。やけくその気持ちも多少有ったが身体の癒しや鍛えるスポーツ関係ならいけるかも?そ〜スポーツね〜・・いきなり中学制の頃に義務付けられた課外活動がフィードバックして来た。それは勉強も運動もしないで済む遠足部と云う美味しい部活が有ったので即座に入った「弁当持ってバスか?」と思ったが大違い学校から山の上まで延々と2時間も徒歩・・話が違うたちまち辞めてその頃はお金を払わないと遊べなかったスポーツに転部、え〜何かって?「卓球部!!」「悪ぃ〜かい!」暫くして陸上部で練習が終わると「かけ蕎麦」喰わしてくれると云う事が耳に入った。もうそこに移るしかないじゃん!で廻されたのがマラソンで誰よりも長距離?これには参った。・・話がそれましたが・・・その性格のまますでに35歳歳になっていた。・・・さあ?あなたならどうする・・