アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2015/05/17 11:37:03|レクイエムに魅せられて
メールが届きました。
私の携帯電話にメールが届きました。
私の携帯電話はいわゆるガラ系でして、(ガラ系の意味も最近知ったばかりですが)
師匠からのメールでした。昨日の私のブログをお読みいただいたのでしょう、アルゲリッチのCDの追っかけは数がありすぎるので、後日リストをお送り下さるとのこと。

私よりお若い師匠に甘えすぎては申し訳ないと思いつつ、既に心は100%甘えております。

縁(えにし)とは何と尊い物でしょうか。

以前テレビで、縁に関しての放送がございました。1人の人間が一生の間に合う人間の数は果たして何人だろうか。渋谷のスクランブル交差点ですれ違った人も人数に加えてもおそらく数百万人。
学友、会社関係、町内等々。そしてご挨拶をした人。お名前と顔が一致する人。年に1,2回お会いする人。
本当に絞り込んで参りますと、政治家でも芸能人でも無い私は、ご縁(えん)のあった方は数百人。縁(えにし)のある方は親戚等を加えましてもほんの百人から数十人になってしまいます。

そんな私にとりまして、師匠との出会いはどれほど人生の意義を感じさせて頂いておることか。この尊さは何物にも替えがたい宝です。

師匠、いつもいつも 不詳な弟子ですが、今後とも宜しくお願い致します。

 







2015/05/16 11:04:00|レクイエムに魅せられて
マルタ・アルゲリッチ
NHKのニュースで別府市野口原ビーコンプラザの前に完成した「しいきアルゲリッチハウス」の竣工式、アルゲリッチこけら落としコンサートが行われましたとの事。
マルタ・アルゲリッチさんはR.シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 op.44より 第一楽章を弾かれました。

現在のビアの演奏者では最高峰の珠玉と評価されておりますアルゲリッチさん。

私が初めて彼女の弾かれますピアノを聴きましたのは、チェロ奏者のミッシャ・マイスキーさんとのバッハ チェロ・ソナタだったと記憶しております。その時はチェロの音に集中してしまいましたが、その後何曲かを私の師匠にお教えいただき、何となく時は流れてしまいました。

この度改めてアルゲリッチさんのCDを検索しますと、ご評価は全て5つ星。

クラッシック好きのクラッシック知らず。

ここは、改めてアルゲリツチさんの追っかけをしてみようかと思います。











2015/05/12 10:38:00|レクイエムに魅せられて
チェロ奏者

過日買い求めました、チェロ奏者ジャクリーヌ・デュ・プレのCD17枚。まだすべてを聴き終わってはおりませんが、実は初めて聴く曲は数曲です。
全57曲の内、ベートーヴェンが実に22曲ございまして、チェロソナタが7曲、ピアノ三重奏曲が9曲(重複あり)と実に4割近くがベートーヴェンです。

彼女は1945年に生まれまして22歳の時、指揮者でビアノ奏者でもあるダニエル・バレンボイムと結婚しまして、その後多くの作品を夫バレンボイムと演奏しております。
バレンボイムは私のブログでもご紹介させていただきましたが、デュ・プレは1973年に多発性硬化症という難病にかかり、事実上演奏活動から引退します。
そして1987年10月19日 42歳の若さで亡くなります。

ベートーヴェンの曲目が多いことも何となく理解が出来ますね。もう少し長生きをされてバッハ等の演奏も聴きたかったですね。今回のCDではバッハは3曲のみです。

さてさて。チェロ奏者は私の年代ですとやはりロストロボーヴィチそしてパブロ・カザルスですが、お若い方ではマ・ヨーヨーさんも支持は高いようですね。

多くの作曲家によるチェロの曲目がございますが、実は私もベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番イ長調Op.69が大好きでして、LPはもう針が乗らないほどすり切れてしまいました。

私の一番好きなチェロ奏者は、『昼下がりの情事』を演じたオードリー・ヘップバーンですね。純情なパリ娘・アリアーヌは最高でした。でもチェロ演奏してましたっけ (^_^;)

カワイガッター 
ホント カワイガッター (^_-)ハート

 







2015/05/10 17:14:00|母の為の ページ
吹奏楽部

私の勤めます介護事業部に、今日は元気な女子吹奏楽部の方々がボランティアにおいで下さいました。 都立東大和高校の皆さんです。(男女共学高校でした。)

部活の活発な高校のようで、体育会系で18部。文化系で11部の活動をされておられます。
 
女子生徒だけで編成された吹奏楽部でしたが、チューバやコントラバスのような大型楽器もあり、私共の事業所で楽器の搬送を行いました。

大変立派な演奏と合唱曲をお聴かせいただきました。又指揮を取られました先生がテノールにて『千の風になって』をお唄い下さいました。
感激屋の私は、その歌を聴いただけで胸がいっぱいになってしまいました。

最後に皆さんが玄関に整列をされ、私に演奏の機会を与えて下さった事への感謝のお礼がございまして、またまた感激。

15,6歳のかわいい女学生40人から大きな声で一斉に「今日は有り難う御座いました」と言われたら、じいじはそれだけでうるうるです。(;_;)

皆さんも健康にお気をつけ下さり、益々勉学に部活にご活躍されますことを願ってやみません。
今日は本当に有り難う御座いました。







2015/05/10 8:57:04|母の為の ページ
命日
昨年の5月6日に母が亡くなり、1年が経ちました。5月5日の深夜から良く6日の早朝までは全く眠ることができず、1年前の母の臨終をたった1人で見送った思いがよみがえりました。
なかなか自分の心情を文書にする事ができませんが、妻は菖蒲やポピーの花をさし上げ、母の大好物の柑橘類を遺影の前に並べてくれました。言葉ではなく、行動で示してくれた妻に感謝です。
6日の夜はいつものように、母に一献をさし上げ、私もご相伴にあずかって穏やかに休むことができました。

母は、常々私のことを「意気地のない子だ」と言っておりましたが、母の介護を通じて幾分なりとも私を認めて下さったのではと感じます。

確かに母はがんばりやさんでした。写真は要介護5になり、右側が麻痺しておりましたが、デイにてがんばって、声を出し、運動をしていた時の写真です。私はこの写真が一番母らしいと感じます。

悲しみは悲しみとして大切に心に仕舞い、私はその思いを抱いて前進する事が肝要ではと感じております。

さあ、仕事に、音楽に、ゴルフにと張り切って前を向いて歩きましょう。