アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2012/02/02 21:33:50|レクイエムに魅せられて
新宿 伊勢丹 エル・フラメンコ

新宿 伊勢丹 別館 にエル・フラメンコと言う店がある。食事をし フラメンコのショーが見ることができる。若い時の私のデートコース。 まあ 半世紀近く前の話ですが。ワインを飲んで、パエリアを1つの鍋から食べると、親近感もぐぐぐーーと増し。まあ昔の話 どうでもいいですね。

若い時から フラメンコのギターや歌が好きでLPやCDを聴いておりましたが、このたび10枚購入。すべて 大当たり。
特にお知り合いの奥様がお気に入りとの品物も購入できました。写真 3

特にビセンテ・アミーゴはその技量・革新的な演奏と素晴らしいものでした。写真 2 のした2枚。


もちろん 本格的な パコ・デ・ルシアの演奏も素晴らしく、平均演奏時間が1曲5分前後ですので、仕事の往復だけでもCD1枚聴き終わるという安心感。

本格的に好きなのは、ガンテ。じっさまがしゃがれた声で歌い、きれいな女性が踊るのではなく、おばちゃんがドッタン バッタン 地響き上げで踊るフラメンコ。







2012/01/30 21:17:33|その他
穏やかな つぶやきの介護日記 1
介護は介護するだけが介護ではありません。そっと 見守る。 できることは極力本人にさせる。しかし 時間がかかる。たとえば靴下をはくときに、介護者がはかせれば 1分もかかりません。しかし 安全が確保できるのであれば、要介護者が5分かかつても 本人にはいてもらう介護者の忍耐も必要です。トイレに行くときでも、最善の注意は払いますが、極力 排泄行為は自分でしていただくようにすることです。勿論 転倒の危険は一番あり硬い陶器に頭を打つ危険も伴います。そっと上着の裾を持つ、万一転んでも、支えきれる介護者としての立ち位置を確保する。そして たとえば排泄行為がきちんとできたときには、ほめるのではなく 感謝するように心がけます。本人のプライドを汚さず、自負心と矜持が保てた事への感謝です。しかし 失敗してしまったときには、何気なく速やかに処置し、何となく 今日は寒いからとかトイレがいつもより暗かったとかこちらから良い言い訳を探してあげましょう。 介護は忍耐です。 それは要介護者も介護者も同じ土俵に立ってしかも 年長者に対する敬意を失わないことです。







2012/01/30 21:15:41|母の為の ページ
穏やかな つぶやきの介護日記  
認知症の度合いを示す方法としては、現在7段階に分かれており

T初期の認知症 何らかの痴呆を有するが、日常生活は家庭内及び社会的にほぼ自立している。
M 重篤の認知症著しい精神症状や問題行動或いは重篤な身体疾患(意思疎通が全くできない寝たきり状態)が見られ、専門医療を必要とする。 その具体的症状としては せん妄、妄想、興奮、自傷・他害等の精神症状や、精神症状に起因する問題行動が継続する状態等。 これらはネットでお調べいただくとすぐに検索が可能です。

私が認知症と介護の命題で申し上げたいことは介護度の問題ではなく、認知症と介護にどう関わっていくべきかです。私は介護に対しての専門家ではありません。いわんや医者でも学者でもありません。
さて、認知症の方はたとえば M 重篤の認知症と判断された方は全人格を否定されたような扱いを往々にして受けていることをご存じでしょうか。極端ですが金網のついた小さな部屋に閉じこめられ、ひたすら精神安定のための薬を投与され、人生の末路をひたすら待つ、という事実もございます。
しかし、本当に全人格を否定して良いのでしょうか。たとえば 嫌いな食べ物は認知症でも嫌いです。矛盾していますよね。認知できないのであれば、好き、嫌いの判断はできないはずですが。やはり嫌いな物は、口に致しません。そこに認知症介護軽減の糸口があるのではないでしょうか。そして 生きることを いや生かすことを前提とした現在の医学は、ひたすら延命のみを主に治療を ? 致します。昔のように 穏やかに 自宅の畳の上で亡くなる方の割合は実に2割を切っております。 
間違いなく 人は100%死ぬ。
認知症と呼ばれる方は自分が認知できなくなった過程があります。すると生命体としてどうすることが、あるいはどうしていることが自分の生命維持につながるのかを本能が働き出すのです。

人間は 母の体内での10月10日の間に生命体の発露から人間までのすべての過程を母親のおなかの中で過ごします。ですから一時は水中動物のようにエラができ、両生類のように水かきができる過程を過ごすわけです。そして 重篤の認知症になりますと生命体として身の安全や、安心を確保するための本能が働き出すわけです。その本能を阻害することなく生かし切ることが、認知症の方との生活になると感じております。
介護予防 
介護をしなくてすむような生活改善は勿論大切ですが、歳を重ねるごとにどうしても介護が必要になります。介護予防は 介護者となってもより介護度が進まないための予防でもあるわけです。要介護5 認知症Mでも 穏やかに時には奇声を発しますが、楽しくお暮らしの方も大勢おられます。
ブログの命題と 記述内容が違って参りましたが、今後は母の介護や私の経験をを通じた 『穏やかな つぶやきの介護日記』を連載して参りたいと感じております。そして 少しでも介護をされている方、やがて介護をする立場になられる方のための 何らかの励みになればと感じております。
特に 団塊の世代の方々にとりましては、歳まわりでしょうか、いよいよ 老・初老介護の始まりです。夫婦仲もぎすぎすしますし、どちらが要介護者でどちらが介護者かわからなくなるときもございます。
今後の『穏やかな つぶやきの介護日記』予定としまして介護制度を具体的に(お役所の説明ではなく(-_-;))させていただきます。きっと ああそうだったのかと思えるように 記述して参ります。又 ご質問等がございましたら、いつでもコメントに御記述下さいますように。介護を楽しくできるようになれば 要介護者も楽しくなります。介護者が暗くなれば要介護者はもっと暗くなりますよ。







2012/01/26 20:39:12|ゆき と コユキ
そっと 七回忌を
平成17年1月23日 最愛のゆきが亡くなり、今年は七回忌。

特別のことはしませんでしたが、東京には雪がふり ああ ゆきが会いに来たのだと感じました。
そうですあの日 平成17年1月23日も午後から雪が降りました。

夜は久しぶりで ゆき の遺骨を抱いて眠りました。 どんなに辛い時でも、『おとうぽん がんばってね』と励ましてくれる ゆき どれほどゆきに助けられて日々を過ごしていることか。
ありがとうゆき。 又 たまには一緒に寝ようね。







2012/01/23 20:53:45|レクイエムに魅せられて
アンドレス・セゴビアを聴く

アンドレス・セゴビア名演集/10枚組 を聴きました。


 アンドレス・セゴビアは、ギターがクラッシック音楽の演奏に向かないと言われた音楽界から彼の卓越した演奏技巧と独特なタッチはにより、多くの聴衆を魅了しクラシック音楽の演奏にもふさわしいとみなされるようになったのです。従来の指ではじく演奏から、爪ではじく手法を取り入れ音に繊細さと鋭さが加わりました。


又、従来のギターが演奏会場において適切な音量が得られないことから楽器製作者と改善を進め、今日のクラシック・ギターとして知られるようなデザインを編み出しました。


 曲は バッハをはじめ、A.スカルラッティ、トゥリーナ、ポンセ、メンデルスゾーン等々の作曲によるもの。140曲あまり。


CD1 マスターテープが最悪の感じで、傷んだLPを聴いているようでしたが、No.2からは録音も良く、特に繊細なタッチの曲は爪ではじくだけに大変すばらしいCDとなっております。


 ご存じのタルレガ作曲 Recuerdos de la Alhambra(アルハンブラの思い出)などは 本当の曲はこんな曲だったのだ と改めて感ずるほどの繊細な美しい曲でした。


 


 追記輸入盤 SACD-Hybrid、ディジパック仕様のサバール指揮 ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 とトスカニーニ振るところのドビュッシーは録音が良くありませんでした。まあ。私のオーディオセットが悪いのかもしれませんが。