1年前 ある 著名なご高齢の獣医学者がなくなられました。
その先生は奥様を本当に大切にされ、常に愛情を持って接しておられました。
しかし その先生が突然亡くなられました。
奥様は、重度の認知症でございました。ご自分のご主人が亡くなられたこともご理解できませんでした。
昨年の夏 東京では計画停電が実施され、その晩に奥様はかなり錯乱され、私は急いでお伺いいたしますと、真っ暗な中でお一人でおびえておいででございました。小さな懐中電灯を1つ点け、二人でソファーに座りますと、奥様は私をご主人と思われたのでしょうか、にこと笑って電気が通じるまでの2時間を穏やかにお過ごしいただきました。
それから1年後の数日前 奥様の誕生日が参りまして、小さなお花を差し上げ、その日集まりました数名でハッピバースディの歌を歌って差し上げますと、奥様が涙を流されました。
全く意思の疎通のできない認知度の奥様でございますが、涙を流されておられました。その涙の意味する事を 私は解釈することができません。単純な表現で、ご理解いただけた とか うれしかったとか まして 意識が云々ではありません。
私は 無神論者でございますが、生きている全知全能に対する畏敬の涙のように感じました。そして その涙に 感謝の祈りを捧げました。
その涙の意味が解るまで 私は生きるのでしょうか。又 私も重度の認知になり そのような涙が流せるのでしょうか。
無神論者の私でも その奥様が マリアのように感じました。