アルボス 樹

運動音痴がはじめて出会ったゴルフの楽しさ。 そして幾分なりとも落ち着いて音楽を聴く 環境が出来、良き師匠にも出会うことが出来ました。
 
2013/09/25 16:52:00|レクイエムに魅せられて
佐村河内守著 交響曲第一番
昨日は休みの日の予定であったが朝から仕事が入り、母の学校の送り出しと共に仕事を開始した。
夕刻、母と共に家に戻ると佐村河内 守著の 「交響曲第一番」が届いていた。
本日、昨日の代休を取り少しでも寝ようかと考えたが、本が気になり読み出した。275ページを一気に読んだ。

今、私が読書感想を記すればなんと軽薄な読後感になるか、後で自分のブログを読み返した時、自己嫌悪におそわれることは間違いない。
ただ 過日記述したブログ 交響曲第1番 「HIROSHIMA」の鑑賞記述は、これに加筆、訂正はしない。

クラッシック音楽に興味の無い方でも、是非お読みいただき、お一人お一人の読後感をお持ちいただきたいと感じる。そしてお読みになった方が共通の読後感を得ずとも、必ずお読みになったそれぞれの方の思いは深いものが残ると確信する。

やはり 佐村河内守氏は佐村河内守氏以外の何者でもない。







2013/09/23 17:24:53|母の為の ページ
轟沈
母の介護をしておりますと、どうしても腰に負担がかかります。元々腰が悪く、過去には会社を10日も休んでしまった事もあります。

又、萬年寝不足はボディプローのようにだんだんと累積され、昼食後には猛烈な眠気に襲われます。

腰痛と寝不足。あまりにも腰の痛みが辛いので、薬を飲んでみました。
今年初めての薬と感じるくらい本当に久しぶりでしたが、これがいけません。薬を飲んで30分ほど経ちますと頭がかゆくなって参りました。
シャンプーの流し忘れかと・・・ で 鏡を見ますと鼻の頭、ほほ、額と真っ赤です。何とか勤務時間は我慢できましたが、帰宅しますと全身10円玉ほどのぼつぼつ。冷たいタオルで体を冷やし、全身キンカンを塗りましてもとても眠れる状態ではありません。

轟沈。

薬を飲んで20時間後にやっとかゆみは幾分なりとも沈静化。そして腰の痛みは全く感じられません。要は、私の体質には薬が効きすぎるのでしょう。










2013/09/23 11:45:00|レクイエムに魅せられて
交響曲第1番 「HIROSHIMA」
佐村河内守 交響曲第1番 「HIROSHIMA」
先入観を持たずに聴こうと思ったが、そう思うこと自体既に先入観に浸食されている。佐村河内守を特集したNHKスペシャル「魂の旋律 〜音を失った作曲家」の放送を見ているので無理はない。
ならばと、佐村河内守を「検索」。あちらこちらとネットサーフィンをして生い立ちや、作曲にかかわった経歴等を読む。もう先入観ではなく既成概念として定着した。

83分の大作である。もちろん一度聴いただけで感想を記述することはいくら野卑な私でも乱暴すぎる。今回は初感と致します。

氏は被爆二世であり、被爆実体験者でないことが救済の光を輝かせている。もし 交響曲第1番が「はだしのゲン」であったならば第三楽章の25分過ぎからのアダージョそして最終章は存在しなかったろう。
よって説得力に欠けるのかと考えると、何を説得するのかという命題にあたる。

ショスタコービッチと比較されている氏であるが、ショスタコービッチは時代の当事者であった。よって陰湿さが感じられる。ショスタコービッチを嫌いな人が多いが多分この「陰」が災いしているのではと感ずる。特に支配政治と芸術を同一線上に表現する事の矛盾を感じてしまうのは私だけであろうか。

「HIROSHIMA」は氏自身が言うように闇の世界が、第1楽章、第2楽章を貫くが陰湿性は感じられない。そして、「闇が深ければ深いほど、祈りの灯火は強く輝く」という作曲者の言葉に象徴される。
第三楽章の最後の10分に「魂を救う真実の音楽」と評価されているように全ての阻害された者、全ての不条理をも包括しきる。これは実存の叫びである。氏が、いや人類がどのような状況・環境であろうとまさに一塊の火の玉となり燃え上がるさまは実存する事への絶対歓喜でありたいとの希求の叫びであると感ずる。そして平和などという陳腐な言語では表現しきれない絶対真の渇望である。

それが正に「命題」である。

そして最終楽章、苦しみと闇の彼方に、希望の曙光が降り注ぐ――と評価は続く。黎明は人類に、いや全ての生命体に平等に注がれるべきであって、一握りの人間のエゴイズムによって葬られるべきでは無い事への警鐘でありたいと願う。第1楽章の警鐘ではなく、最終楽章の三点鍾は真実の扉を今開くべく打ち鳴らされた希望の光であって欲しいと願わずにはいられない。

彼はベートーヴェンではない。彼は被爆二世 佐村河内守であるべきである。









タイムアウト でした

佐村河内守(さむらごうち まもる)
作曲:交響曲第1番『HIROSHIMA』[81:37]
 東京交響楽団
 大友直人(指揮)
 録音時期:2011年4月11-12日

1945→2011  絶望の先に――
孤高の作曲家・佐村河内守が、凄絶な闘いを経てたどりついた世界
苦しみと闇の彼方に、希望の曙光が降り注ぐ、奇跡の大シンフォニー。

オークション落札金額1980円。たぶん最安値だろう。
朝から師匠にお送りいただいたCDを聴きつつ、待てども届かぬ『HIROSHIMA』 ポストに投函されたのが15時30分。
今からから聴くのでは母が学校から帰ってきてしまう。何せ82分の大作。 よって タイムアウト。!!

まあ書籍もまだ届いていないのでのんびり参りましょう。

師匠から送っていただいたCDにフォーレのレクイエムがございまして、もちろん指揮者は コルボ、ミシェル。
フォーレ:レクイエム、モーツァルト:レクイエム、他
ミシェル・コルボ指揮、ローザンヌ・アンサンブル 他、ジュネーヴ室内管弦楽団
フォーレは1992年、モーツァルトは1995年のデジタル録音

レビューの評価は大変高くERATO盤よりも良いとの評価。
正直 コルボ盤の特徴とされるボーイ・ソプラノを起用した方も全く捨てがたい。さてさて 私の葬儀でどれを採用するか チト難しくなりました。まあ あわてて死にたくもないのでぼちぼち参りましょう。










我が師匠から レコードプレーヤーが届く

LPを持っているに ブレーヤーがない。いやオークションで1台求めたが所有のアンプにレコードーブレーヤーの接続端子(PHONO端子)がないので、さらにアンプを1台買った。
買ってまもなくレコードプレーヤーはターンテーブルが回らなくなった。売り主に苦情を言っても詮無きこと。  無用の長物と化した。

しかたがない、プレーヤーはジャンク品でオークションに。アンプはどうするか悩んでいると、我が師匠からレコードプレーヤーが届く。
ほとんど手つかずの新品同様。もちろん私の所有している物より格段良い物だ。アームがグースネックタイプ。針圧もアームも微調整ができ理想のバランスでLPを聴くことができる。
ビックプレゼントだラブ

そして、CDも同梱包でお送り下さった。
グリモー&サロネン / クレド
タイトルは『クレード』。現在のグリモー自身のクレード(信条)を表わすかのようなユニークなコンセプトのアルバムで、ベートーヴェンの第7交響曲の第2楽章に基づくコリリアーノの「ファンタジア」と、ベートーヴェンの『テンペスト・ソナタ』、合唱幻想曲に、ルヴォ・ペルト初期作品という組み合わせ。
 なお、コリリアーノとペルトの作品には、フィリップ・グラスの『コヤニスカッツィ』に使われていた美しい聖歌が引用されており、さらに、ペルトでは、冒頭やピアノのソロの部分でバッハ/グノーのアヴェ・マリアが引用されているのが興味深いところです。HMVより

これは又 ありがたい 我が教祖様のCD

私は会社休み。 母は学校。 ベットマッチです。