白木屋呉服店の過去の一点

この度、fc2で同名のブログを開始したため、こちらは「過去の一点」と改名いたしました。過去数年分の作品についてはここでしかご覧になれません。このブログは今後も継続していく予定ですので、fc2と併用してご利用いただきたいと思っています。ホームページ本体の「ご意見ご感想」もご利用ください。
 
2013/08/09 19:36:00|伝統工芸作家
真栄城興茂の琉球美絣、木綿

真栄城興茂の琉球美絣。木綿。

琉球美絣は、真栄城興茂さんのお父さんの真栄城興盛さんにより創始された織物。「琉球美絣」という名も、興盛さんによるネーミング。工房の場所は本部半島の伊豆味あたり。

いちばん上の写真は反物の幅を写真の幅として撮ったもの、写真2番目は近接。








一の橋の付下げ「濃朱地露芝紅葉」

一の橋の付下げ「濃朱地露芝紅葉」。


いちばん上の写真は前姿(マエミ+オクミ)、写真2番目は近接。







千切屋治兵衛の付下げ「京野菜」

千切屋治兵衛の付下げ「京野菜」。

「絹芭蕉」を使った単衣用の付下げ。


いちばん上の写真は前姿(マエミ+オクミ)、写真2番目は近接。








2013/07/29 14:33:00|龍村
龍村の絽の袋帯「水衣若松文」

龍村の絽の袋帯「水衣若松文」。


いちばん上の写真は帯の幅を写真の幅として撮ったもの、写真2番目は近接。







2013/07/25 13:35:00|龍村
龍村の光波帯「咸陽宮鱗文」

龍村の光波帯「咸陽宮鱗文」。

咸陽宮が秦の始皇帝が住んでいた宮殿だと知っている方は、なぜこの裂に「咸陽宮」の名があるのか悩むと思う。本当に「咸陽宮」にゆかりのある裂ならば、正倉院裂よりはるかに古い超珍品になってしまうから。

ここでいう「咸陽宮鱗文」とは龍村の商品名で、一般名は「咸陽宮金襴」。細川家の名宝を保管する永青文庫が所蔵する元時代の絵画「咸陽宮図」の表装に、たまたまこの裂が使われているのでこの名がある。

いちばん上の写真は帯の幅を写真の幅として撮ったもの、写真2番目は拡大。模様は経錦ではなく絵緯糸を使っていることがわかる。