販売店の皆さんの商売繁盛のお手伝いをさせていただいております。私のスタンスとしましては、トップダウン的なコンサルタントとして、最適経営のノウハウをお教えするのではなくて、販売の現場で、ご一緒に考え、共に汗するパートナー、いうならば社外企画部長としてお手伝いすることを趣旨としております。
私は、1968年頃から、いろいろなメーカーさんのマーケティングのお手伝いの一環として、セールスプロモーションの企画やマニュアルづくりのお手伝いをしてきました。なかでも、販売店さん向けのセールスマニュアルについては、その草分けのころから携わってきました。その間、全国のたくさんの販売店さんの経営者や店長さん、トップセールスの皆さんの取材を通して、成功のノウハウを集めると共に、いろいろな業界を横断的に見渡しながら、新しいノウハウノの開発を手がけてまいりました。
そんな経験から、まず、ますます厳しくなっております消費動向を考えてみたいと思います。ご承知の通り、バブル経済の崩壊からの景気低迷が、さらに進んでおります。しかし、すべてのモノが売れなくなっているわけではなくて、売れるモノと売れないモノがはっきり分かれてきました。生活の都市化や洋風化のますますの進展、サービスのソフト化、女性、特に、主婦の社会進出の増加、全体人口の高齢化などがあげられます。
欲しい商品は存在する
しかし、消費のバラツキの理由は、もっと消費者の内面的な意識変化にあるという考え方があります。欲しいモノがほとんど揃っているこの時代には、人びとの価値観が多様化、個性化して、他の人とは別なモノやサービスを求める。この現象がすすみ、従来の大衆社会、大衆市場といったものが崩れてしまったと、多品種少量供給がよいとされてきましたが、最近、少品種大量供給もアリという見方も出ています。依然として、人々が共通して欲しがっている商品機能は確実に存在するというわけです。
このような市場のとらえ方は、議論としては面白いのですが、問題は、実際の個々の販売の現場にとってどうかということです。いま、皆さんが日常接しているお客さまがどのように変ったのかを思い起してみてください。以前よりぜいたくになった、自分の趣味をはっきり主張するようになったなど、少しずつ確実に変ってきているのは事実です。
しかし、個々に見れば、いつもお店に顔を見せてくれる山田さんであり、3丁目にお住まいの鈴木さんなのです。つまり、まとめて需要動向を云々するのではなく、お客さま一人一人の顔を思い浮かべて考えることが第一歩です。 昭和20年代の後半、家電製品に“三種の神器”として電気冷蔵庫・電気洗濯機・テレビ、という主婦のあこがれ商品があり、また、次いで“3C商品”カー・クーラー・カラーテレビと呼ばれる理想の商品がありました。高度成長期までは、大勢の人びとに共通した“欲しい商品”があり、それを買えば次の商品をと、次から次に欲しい商品が市場に出てきました。
しかし、いま、大勢の人びとが共通して欲しい商品がなくなりつつあるといわれています。たしかに、現代の生活に最低限必要な家電商品はほとんどといってよいくらいに普及しています。また、カラーテレビ、オーディオ製品などのAV商品はパーソナル化して、世帯普及率ではなく、個室普及率、個人普及率が非常に高いものになっています。
それでも、人びとの消費願望はなくならないとする見方があります。たとえば、生活の場がいま以上に広がったらどうでしょう。また、生活時間にもっと余裕がでたら、あるいは、自分に使えるお金が増えたら、いまの市場全体が活況化し、新たな需要が生まれるとする見方です。
この背景には、人間には限りない欲望があるという見方があることは見逃せません。つまり、いま、消費がバラツキを見せているのは、生活の場、生活時間、生き方に限界を感じ、可処分所得が伸び悩んでいるせいであり、そのどれかが変われば需要は生まれます。
高級品に限らず、生活の場、生活時間、生き方を刺激し、今まで欲しいと思っていなかったものを欲しいと思っていただくことが必要です。そのためには、おすすめしようとする商品が、そのお客さまのためにあるということを具体的に実感していただくことがことが大切です。
いまの消費者は、ドンドン売れた時代に比らべて「欲しいものがない」のは、現在の所得や住居、自由時間、生活のしかたという生活の枠組みのなかで、“相対的に窮乏化”しているから、というのがモノが売れないことの理由にあげられています。
相対的なビンボウ感
つまり、生活空間や生活時間、自由になるお金が相対的に限界感があり、これ以上のモノやサービスを、いまの生活環境の中で使いきれないから、とりあえず欲しいモノやサービスが見当らない。そのために、市場がなかなか広がらないという見方です。
ポイントは、絶対的なものではなく、相対的な空間ビンボウ感、時間ビンボウ感、お金ビンボウ感の状態にあるというわけです。「どうしてもない」「ない袖は振れない」のではなく、袖はあるのですが、頭の中で振れないと思い込んでいるのです。
絶対的なビンボウではないために、どうしてもモノが買えないという状態ではありません。一時的に、このような状況に適応しているだけであり、日本人の欲求が絶対的、永久的に充足してしまったわけではありません。商品によっては、空間や時間に余裕があっても、一見、需要とは結びつきそうもないというものもあります。
お金はもちろんのことですが、心理的な、空間や時間、生き方に対する考え方が、需要に少なくない影響を与えることがあります。つまり、遊びやゆとり、といった事柄に対する共感を接客や店のつくり、あるいは、陳列のゆとりで呼び起こすことができれば、売れるというわけです。
生活の場が広がれば、それだけモノが置け、モノが使え、新しいサービスが受けられる空間が広がり、そこに新しい需要が生まれます。新しい空間は、同じ種類、たとえば居間なら居間といった同じ使い方をする空間を物理的に拡げるだけではなく、いま、空間を占めているものを捨てることでつくることもできます。
あるいは、いままで自分の生活の場とは考えなていなかった空間、たとえば、通勤電車の中やホテル、劇場だって、自分の生活の場にすることができるのです。このように考えると、生活の場は、わずかなコストと、ちょっとした見方を変えることで限りなく広げることができそうです。
居住空間でいうなら、いま、モノを置かない空間をもつのがリッチなくらし方だという人もいますが、その人にとっては新しくできた空間に“何もないというモノ”を置くという選択をしたのであり、他の人が、大きな観葉植物や大型テレビ、ソファを置くような空間の利用のしかたと同じだということができます。
ただ、自由にできる場を広げることは、それなりのコストがかかり、なかなか実現が難かしい時代です。その点、物理的に余裕のある空間をさほど必要としない商品は有利な立場にあります。心理的に生活の場を広げてあげるような提案をすることです。
生活時間はどうでしょうか。誰にとっても、一日は24時間しか使えません。この限られた時間をどのように使うかによって、新しい需要が生まれたり、需要が減ったりするものです。ただ、この時間というものは、ある一定空間の中で消費されるものであり、どんなところで過ごす時間なのかがポイントになります。この意味から、生活の場と密接な関係があります。
いま、大都市の勤労者にとって、通勤時間が増えるという傾向にあります。反面、週休二日制の普及や長期有給休暇が増えることにより、全体の余暇時間が増加しているのも事実でしょう。忙しいが、それなりに自分で自由にできる時間もあるという状況です。
自由にできる時間が増えれば、それの時間を消費するために、コストはどうあれ、モノやサービスに対する需要が発生します。何もない空間がリッチであるという考え方と同様に、何もしない時間がリッチと考える人もいます。
何もしない人から、高価なモノやサービスを使って時間を消費する人までいろいろでしょう。この場合も、その人にとって時間をどのように有意義に使うかを提案することで、新しい需要を創造することができます。
全体の消費市場に影響を与える要素として生活の場、生活時間、可処分所得といったものがあります。これらが改善されれば、消費市場は活性化されるでしょうが、この要素だけが需要を刺激する絶対条件ではありません。今でも、爆発的といってもよいほど売れている商品があります。
日経流通新聞では、毎年末にヒット商品番付を発表しています。ヒット商品の多くは、技術革新や独創的アイデアなどの広い意味のイノベーションをテコとした画期的新製品であるといえます。魅力的な商品であれば、新しい需要、多分、消費者自身でも、それまでは気づかなかった需要を顕在化することができます。いま、消費者は、具体的な形になっていないニーズをたくさん持っているのです。ですから、なるべく多くの機会をとらえて、積極的にお客さまにアプローチすることが、見えないニーズを見えるものにする一番簡単な方法です。
腕時計は、単に時間を計るためのメーターでなく、また、単なるファッショングッズでもありません。人格を示す情報機器といってさしつかえないのです。人に対して自分を伝えることのできる一種のコミュニケーションツールといえるでしょう。
たとえば、ちょっと“迫力のある”顔をした人でも、キャラクターウオッチをしていれば、ほのぼのとしたイメージを感じさせます。また、10〜20代の若い男女でも、つくりの古いウオッチをしていれば、落ち着いて感じられることもあるでしょう。高級時計なら、その人のプレステージ性を強くアピールするのです。
いま、昔の“一点豪華主義”に代わって、“一点象徴主義”ともいえる傾向が、確かに現われてきています。洗練された人格を身体の一部、ワンポイントで、はっきりと示すことのできる商品が求められています。つまり、商品を前にしたお客さまに対して、「この商品がお客さまを表現する商品ですよ」とか、あるいは、「お客さまにふさわしいのは、やはり、このレベルですね」といった切り口によるアプローチが効果的です。
消費と商品の劇的な出会い
新しい画期的機能の商品開発には、革新的な技術が必要であり、これはメーカーの独壇場といえます。しかし、メーカー以外では新商品はつくれないかというと、絶対に、そうはいえません。たとえば、流通段階では、ハード製品の製造技術はなくても、いままで、気づかなかった消費者の潜在的なニーズを引き出せれば“売る”ことができるのです。
その方法は、消費と商品との劇的な出会いを演出することであり、これが新しい需要を生み出します。いままであった“製品”に「新しい価値をつける」、あるいは、「新しい視点で考える」ことで、消費者にインパクト強く印象づけられ、その結果、“新しい商品”にすることができます。
限界とされていた需要でも、その壁を破ることができるのです。もちろん、その新しい価値は、全ての人にとって同じというものではありません。つまり、いままでの商品でも、ある人にとって新しい価値が見つかったら“新商品”なのです。
これから有名海外ブランド商品や高級時計、宝飾品などの高額プレステージ商品の市場を考えてみます。基本的にプレステージ・マーケットにおいて、需要の大幅な低迷は少ないのですが、一部では“売れない”現象が出ています。売れないのは、競合店の販売力が勝っているからだと、考えるお店もあります。いまの時代、需要の伸びが小さく、全体の需要量には限りがあって、あちらが取れば、こっちには回ってこないという論法です。この考え方には、2つの問題があります。
ひとつは、全体の需要には限りがある、という考え方を前程にしている点です。生活必需品で、人数によって消費量が決ってくる商品においては、限界需要の中でのシェア争いはありますが、プレステージ商品の場合、全体の需要量は決っていません。売ろうとすればいくらでも売れる商品なのです。
もうひとつの問題は、競合店と同じターゲットを追いかけているのかどうかという点です。たとえば、お店の顧客Aさんは、競争相手のお店からも、同じような商品を買っているでしょうか。プレステージ商品であっても、商品の魅力だけで買われておりません。お店全体の魅力であったり、また、販売員さんの力量に負うことが多いものです。
また、品揃えという点もあります。競争店同志が、同じお客さまを取り合っているのではなく、ひとりのお客さまでも、それぞれ別のお客さまであり、お店に来られなくなったお客さまは、向うに行ってしまったのではないのかも知れません。漠然とした全体の需要という見方ではなく、個々のお客さまとして見ることが必要なのかも知れません。
現代の多くの消費者は、相対的に窮乏感はあるにしても、絶対的なビンボウの状態にはありません。自分が欲しいモノには、惜しみなく出費ができるものです。また、最近の消費トレンドのひとつに「本物志向」があります。「本物」とは、ロングセラー商品になるモノで、時代の流行などに左右されず、いつまでもその価値を損わない商品のことです。
プレステージ・マーケティングにおいて、いままでの常識として、まず、お金持ちをターゲットにしてきました。100万円、1千万円もの商品は、確かに、どんな消費者でも、手軽に買えるという商品ではありません。この意味から高額所得者は、高級品のジャスト・ターゲットであることに、いまも問題はありません。しかし、この層だけをターゲットにしていたのでは、販売活動の拡大は期待できないのも事実です。
いま、年収300万円のヤング・ビジネスマンやOLでも、500万円の車を買う時代です。そして、高額商品イコール高級品であるという、推論を無条件で受け入れる人が少なくなっています。高額だから購入するのではなく、品質やデザインのよさをきちっと識別でき、その価値に代価を払うことの意義を理解できる人たちが、いま、感性マーケティング時代に多くなってきています。
プレステージ・マーケティングのターゲットは、所得や年齢、社会階層などのセグメンテーションではなく、その商品に対する個々のニーズはどうかというセグメンテーションが求められてきています。つまり、2〜3万円の商品を見ているお客さまでも、勧め方によっては20〜30万円の商品のお客さまになりうるということです。そのためには、年齢層や服装で購入金額を決めつけない柔軟さと、お店としての自信を持った品揃えが必要です。
商品が“テイスト”で選ばれる感性、感覚の市場になっているといわれます。この“テイスト”とは、趣味・嗜好であり、その人の独断であり、偏見ともいえます。いま風にいえば「こだわり」です。このような商品選択が大勢を占めているといわれています。
しかし、JNNデータバンク調査の結果では「いい商品なら、大勢がもっていても気にせず買う」という人が80%、「大勢が持っていると買いたくない」という人は18%にすぎません。消費者の8〜9割はベター・ボリューム・ゾーンの“合理的大衆“タイプで、残り1〜2割が流行に左右されがちな“感覚的分衆”タイプです。
ただし、はっきり8割の大衆と2割の分衆がいるわけではなく、同じ人が流行に左右されたり、しなかったりするのです。その“合理的大衆”には、“感性”や“差異”などの求めざる付加価値だけを売りものにする商品は通用しません。実質的、本質的機能に差のある、ライフサイクルの長いロングセラー商品が好まれます。
ファッション製品でも、基礎需要をつくっているのは流行に左右されない「定番」「ベーシック」商品です。ファッション製品の選択には、色・デザインや流行性、の他に、仕立て・材質・品質・耐久性・着やすさ、価格・値ごろ感、年齢・職業・地位などを含めたその人のイメージに対する他人から見てのふさわしさ、購入店の格、などの客観的判断が加わり、流行性やデザインなどの好みなどの主観的“感性”的要因は、一部にすぎないといわれています。
ふわしい提案の場
シ ョップコンセプトの再構築の時代といわれて久しくなります。ショップコンセプトとは、店が社会に対してどのように参加して、社会からどのように受け入れてもらうのかという店の根本的な姿勢です。いわば店として、社会から見られる“その店らしさ”をつくり、表明することです。店の心であり、店全体として目指す最高の概念といえます。
ここで問題なのは“ふさわしさ”、つまり“ショップコンセプト”の内容です。高級専門店とは、その市場で最高レベルといえる、より豊かで充実した夢のある生活を実現するための“生活のしかた”を提案し、それを実現する手段として“商品”を提供することです。そして、この“お店らしさ”、店が目指す理念を、そのお店がおかれている市場の中で“ふさわしい”ものにして、実践していくことが求められます。
わかりやすくいえば、高級専門店とは、自分の目で、数ある品物の中から、自分の顧客に“ふさわしいもの”を選び、この選んだ品物に“ふわしい提案の場”をつくること。そして、品物と提案の場に“ふさわしい人”が“ふさわしい接遇”をするお店のことです。
このような高級専門店の、これから進む方向は、人づくりにあります。お店の立地は簡単に変えられません。また、提案の場(店)を変えようにも制約が多く、これも容易なことではありません。これに対して、ふさわしい商品の選択はできます。高額商品を買う客層に充分対応できるという人的な要素を向上させることはできないことではありません。人的なものは、努力の仕方でどんどんすばらしくなるのです。
戦略と戦術
戦略とは「いかなる敵と戦うか」ということであり、戦術とは「いかに敵と戦うか」ということで“敵と会ってからの戦い方”をいいます。
ここでいうマーケティング戦略での“敵”とは、競争相手のとは別ものだと考えることがポイントです。つまり、同業者や競合他社を敵として戦いを挑むと、どうしてもその相手しか見えなくなってしまいます。どのようにしたら、その敵を“やっつけるか”だけに精力を注ぐようになり、その結果、時代や市場など、最も大切なことが見えなくなり、いつの間にか衰退してしまいかねません。
店にとっても、個人にとっても最大の“敵”であり、ライバルは“時代そのもの”です。同業者や競合他社の動きを気にすることではなく、ライバルは時代や市場の中で、大きく飛躍しようとしている自分であるということをはっきりと認識することが必要です。
そのためには、自分の長所を正当に評価し、強化することこそ大切です。長所をさらに伸ばすために、現在もっている経営資源を集中的に投入すること。これからは長所伸長型発想に基づく集中特化戦略こそ重要な課題です。
ここで注意しなければならないことは、つい目についてしまう短所を直そうとすることです。確かに、短所はないに超したことはありません。しかし、どんなに努力しても、すぐには長所にはならず、せいぜい平均点に届く程度です。平均点では時代を乗り切ることは難かしいものてす。それよりも、多少の短所を大きく上まわるように長所を伸ばすような戦略をとることです。
消費の個別化が進むと、同じひとりの人間でも状況によってさまざまな行動をとるようになります。専門店のマーケティング戦略としては、このような細分化していく人々の需要を的確にとらえ、その動きに的確に対応するです。
そのためには、消費者を“顧客”ではなく“個客”、つまり“一人のお客さま”としてとらえることがポイントです。そして、その個客に限りなく接近するための仕組みをつくること。いま、見えにくくなった個客の顔を見い出し、その個客に対応して、個客の顔がはっきりと見えるマーケティングを展開することです。
高品質商品を高価格で訴求していく、プレステージ・マーケティングにおいては、特に、ひとり一市場(個の市場)にいかに限りなく接近することが求められます。そのためには、第一にデータベースマーケティングを実施します。これはひとりひとりの顧客について、多面的なパーソナルデータ、個客情報を数多く、キメ細かく収集することです。そして、その基本情報から、ひとりの顧客が何を所有し、今後、どんなモノの購入の可能性が高いかを予測できるようにします。
そのデータを基礎として、第二に、人間性を中心としたコミュニケーションによる、ダイレクトなアプローチを展開します。顧客を“グループ”や“抽象的な消費者”としてではなく、血の通ったひとりのお客さまとしてとらえ、ひとのことばに、ひととしての表情をそえて、直接働きかけるようにします。
つまり、単にモノを買う客としてではなく、人生のいくつかの事柄に共感でき、その人の好き嫌いや趣味などについて、コミュニケーションができるということです。それができるのは、立地でもなく店舗でも、商品でもなく、接遇する人だけです。
モノがあり余り、多くの情報が存在し、それらを実際の生活の中で体験している社会では、人びとは品種発想という“モノ発想”から、品番発想という“コト発想”に移行していくといわれます。
品種とはカテゴリーともいわれ、たとえば、テレビとか、ビデオデッキとか、ステレオといった商品の種類のくくり方をいいます。また、品番とはアイテムであり、ひとつひとつの商品を分類する品名分けのことです。たとえばテレビでいうなら〇〇〇型という型名での分け方です。そして、その中間にある分類のしかたが、“ブランド”での分け方です。
品番発想の時代では、特化した“モノ”を扱っている専門店が重要性を増してきます。いまの若者向けの情報誌を見るまでもなく、現代の人びとは“モノ情報”をたくさんもっていて、ゆとりのある生活を背景に、自分の生活の中に趣味的部分を広く反映させています。そして、好む分野の情報量は極めて多いものです。
このように多くの共通の情報をもつ人びとの間では、形容詞や副詞を使って説明するより、〇〇ブランドの〇〇商品といった方がコミュニケーションがとりやすいものです。品番はコード化され、品番発想は、コード化発想ともいえます。このような人びとが、最も知りたいのは同じ品質、同じ機能の商品なら、どの店で買ったらよいのかということです。
地域一番店を目指す
これからの専門店には地域一番店を目指すことが求められます。また、そうしないと一番店との格差が大きくなり、やがては淘汰されかねないといわれています。
確かに、一番店にすることは不可欠なことです。しかし、“どんな一番店になるのか”が問題です。地域一番店というと、誰でも、その地域で最も大型の総合店を想像します。店を構成するすべての要素で、その地域で最もすぐれている店という見方です。
しかし、個客の時代といわれる現代において、すベての分野で、すべてのお客さまから高い評価を得ることは不可能に近いことです。そのために、現在のような市場環境の中では、自分たちのしようとする仕事、提供できる商品、サービスを明確化して、そのあり方や考え方と共感するお客さまと太いパイプをつくって、共感の文化圏と市場をつくりあげ、その活動を拡大していくことです。
つまり、これからの専門店は、自店の長所をさらに磨き上げ、たとえば、接遇では一番とか、あるいは、アフターサービスで一番とか、他店とは違った魅力でお客さまにアピールすることが必要です。
このような自店をより繁栄させていくために、アピールポイントを強化拡大していくことは、自分が最も得意とする世界を構築することであり、競合店と競い合いなガら、市場全体を大きくしていくことにつながります。
これは、限られた需要を競合他店と奪い合うことにエネルギーをそそぐ「パイ争奪」型発想ではなく、自店の努力や販売技術、制度の改善で需要をふやす合理的な「パイ拡大」型発想です。これが時代や市場をライバルとする経営戦略の考え方です。
自店のアピールポイント、つまり、お客さまに訴えていくセールスポイントを明確にしておくことが必要です。ここで注意したい点は、セールスポイントを、新たに創り出すことではなく、現在、他の店より勝っているものを見つけ出して、それをさらに伸ばしていく方向です。そのために、お店の現状をチェックしてみます。
まず、「物的要素」はどうでしょうか。店舗の面積や立地条件、応接コーナーや駐車場などの施設、伝統や知名度、さらには、マーチャンダイジングの点で、他の競合店よりすぐれている点は何かをチェックしてみます。
次に、「人的要素」のチェックです。これは専門店として最も大きなポイントになるものです。お客さまの立場に立って、最適な生活を提案でき、ふさわしい商品をおすすめできるかどうか。そのための商品知識やその他の知識をもっているか。販売員のマナーはどうか、接遇のしかたはどうか、などをチェックします。
「サービス要素」ではどうでしょうか。購入いただいたお客さまへのアフターサービス、さらには、お客さまに対する情報提供のサービス、などお店の付加価値をつくるソフトウェアとしてのサービスです。広告や販売促進などの力量があることも、このサービス面でのセールスポイントです。
このように、自店の現状を客観的にチェックして、セールスポイントを見い出したら、それを全員で確認します。そして、意識的にこのセールスポイントを磨いて、その分野での地域一番店にすることです。
お店の特長を明確にするということは、ショップ・アイデンティティ、SIの確立と同じ意味です。いま、SIとして外部向けのマークやロゴタイプを変えて、新しい店舗カラーの統一イメージを訴求するビジュアル・アイデンティティが注目を集めています。
SIとは、それだけではありませんが、社会や顧客に対して発信するビジュアル・イメージが、そのお店なりの商品の大きな要素になる専門店にとって、ショップ・カラーを含んだ、ビジュアル・アイデンティティの確立は大きな課題です。
店舗はもちろん、広告宣伝、ユニフォーム、包装紙やショッピングバッグなど、視覚的な要素の全てがひとつの表現テーマで統一調和されていることです。つまり、店名を見ても、店舗を見ても、包装紙を見ても、販売員を見ても、高品質の時計、あるいは宝飾品を取り扱い、なおかつ高品位のサービスがあるというイメージが必要ということです。
そのためには、まず、基本的なデザインを確立し、これをもとに、そのときの時代や市場環境、流行などに合わせてアレンジしていきます。たとえば、昔から変っていないようなコカコーラのロゴマークは、そのときどきの人びとの感覚にマッチするように、しかも、それとは気づかれないように少しずつ変えているそうです。
さらに、忘れてはならない極めて重要なことは、お店のイメージにふさわしい人づくりがあります。店舗や内装ばかりをいくら変えても、“人”が変わっていなければ、何も変えないことと同じです。
あなた向けマーケティング
一方、いま全国的な規模で単身化現象が進行しています。同じ屋根の下に住む家族でも、ライフスタイルの違いで、全員が単身者のような生活をするようになり、特に、子供たちが大きくなればこの傾向が強くなるようです。このような背景のもとに、個別対応の“あなた向けマーケティング”が盛んです。
多くの人々は、自分だけの情報、私だけの商品を求めているとして、食品では一人分にパックされた“個食”、家電製品ではパーソナル化された“個電”。そして、量販店も、個客に限りなく接近せよという問題意識を背景に、顧客との間に“個・対・個”の関係を開発しようという“個売業”、小さい“小”ではなく、個人の“個”売り業ですね。その意識が高ってきています。専門店にとっては、いまさらの感がしないでもありませんが、ますます、この傾向は強くなるようです。
反面、ターゲットをひとつだけに絞り込むのではなく、2つ以上のグループ、たとえば、年齢、世代、ライフスタイル、性別など違っている複数のターゲットに、同時にアプローチすることも有効であるといわれます。
ある商品なりサービスなりが、父と息子の世代、母と娘の世代というように、相当数の複合ターゲットに普及すると、そのライフ・サイクルは伸び、安定した需要が期待できるようになります。
たとえば、ウオッチの電池交換のお客さまに高額商品のカタログをお見せして待ち時間をつぶしてもらうことも商品に接する機会の提供になります。また、ウオッチとのコーディネートの話をきっかけにすれば、若い女性のお客さまにペアの高級ウオッチをご紹介して、結納返しの例として提案とすることもできます。 マス・マーケティング、つまり、一般的な商品では、イノベーター、革新派ですね、やアーリー・アダプター、初期採用者です、といった先行層を初期ターゲットに想定して市場展開を行います。発売してから時間のたつ、いわばスタンダード商品として定番化したあと、そのあとに続く広範な一般消費層や無関心層をどう攻略するかが大きな課題になります。
無関心層を需要層に転化させるためには、中・長期のアプローチが必要ですが、いまは、気長な対応がとりにくい時代です。といって若者など、反応の早い層だけを相手にすることを常態にすると市場は限定されてしまうというジレンマに陥ってしまいます。
これに対して、高品質・高価格品のプレステージ・マーケティングでは、一般に、その商品のライフサイクルが長いことから、まず、品質をしっかり識別できる能力のある人に好感をもってもらい、その態度がより多くの人びとに侵透していくような配慮が必要です。この場合の、先行層は、マスマーケティングで新商品というだけで飛びつく層とは違い、商品のよさを十分に理解して、納得した人たちです。
次にターゲットになる層は、ひとつの商品を長く使う習慣がついている人たちです。これらの遅行層、無関心層は、一過性の商品にはなかなか興味を示しませんが、低所得層ではなく、所得も資産も多いのですが、多忙であったり、自分にふさわしい商品に気がつかないために消費するチャンスがない中高年層が中心です。その層に対しては、思い切った長期の保証や、30年間電池交換無料といった、具体的な納得のさせかたが必要です。 プレステージ・マーケティングにおいても、先行層の次に続く、無関心層の消費意欲をどう刺激するかが顧客拡大のキメ手になります。中高年層に多いこの層は、流行には敏感に反応しない代り、社会から疎外されるのを恐れています。
そのために、アプローチの方法として、換金しやすいといった資産性を与えること、特別な商品の特徴を与えること、その人にふさわしい商品であるという印象づくりをすること、の3つがあります。いずれも専門店のセールス段階での的確なアプローチで実現可能なものです。
ただし、一般に、高級ウオッチでも、宝飾品と違って資産性はそれほど高くありませんので、所有および使用の満足感に代わることになります。他の時計の所有者に対する優越感、いつでも金銭以上の価値を感じさせてくれる美しさを強調することによって、資産性が格別に高くないことをカバーしていくのです。その商品が、そのお客さまにいかにふさわしいか、似合っているかのストーリーを創りあげることも大事です。
いずれの特徴も販売店のアフターフォローのシステムやサービスに関して、一般品との違いを具体的に説明することで商品の違いを特徴づけることができます。あるお店では、この方はというお客さまの名前入りの皮袋を用意し、そのお客さまに合った商品を入れておき、そのお客さまが来店されると、その商品をお客さま専用の皮袋から取り出してお見せします。そのお客さまのためだけに用意したというアプローチ手法です。
なぜ買ってくれるのか
次に、売れないということについて考えてみます。“なぜ売れないのか”ということが、すぐ経営の課題になるようなお店は、時代を全く認識していない証拠であるという説があります。かつてのように、モノを並べたらすぐ売れた時代ではいざ知らず、いまの時代はむしろ少しでも「売れることが不思議」と考えるのが正常な考え方ではないだろうかというのです。
“なぜ売れないのか”ではなく、同じような商品やサービスなのに、一方の商品やお店では、たとえ、ちょっとでもなぜ売れるのか、顧客はなぜ買ってくれるのか、といった発想への切替えが必要です。そのためには、不特定多数の人びとの情報を得るのではなく、限定した、すでに取引き関係のある、自店から買ってくれたお客さまの追跡調査をすることだというのです。
確かにこの時代、売れないワケを調べても、人びとが“個”の市場をつくり、ひとりの人が状況によって欲求が変わる時代に、なぜ買わないのかの理由を調べて、ひとりひとりの“買わないワケ”は違うものであり、パターン化するのは難かしいものです。
むしろ、“個客”、ひとりひとりのお客さまごとの視点を通して、自店とどのような関係をもち、自店のどんな点を評価してくれているのかを明らかにすることが重要です。“個客”別に見た自店の評価をはっきりつかんで、その“個客”が「買ってくれる自店の魅力」は何か、“個客”ごとの、自店の使い勝手情報が、次の戦略や戦術を立てる上で極めて有効な本来の個客情報であるといえます。
なぜ自店が選ばれたのかを知ることと同様に、なぜ、自店の店で、この商品が選ばれたのかを知ることも忘れてはなりません。「なぜ、が選ばれたか」というワケは、3つの側面から調べてみることが必要です。 まず、“状況”です。人は商品を購入するとき、何かの状況的なきっかけがあります。たとえば、結婚記念や誕生日記念といった“人生の節目”に、贈りものとして、また、自分用にと購入されることが多いものです。この人生の節目を誰が購入のきっかけにするのかを別にして、どんなことがあるのかを見てみましょう。
誕生、入学、成人、卒業、就職、婚約、結婚、子供誕生、結婚記念日、昇進・栄転、業務上の栄誉、永年勤続、定年退職、長寿祝い、また、スポーツでの栄誉、芸術や学術での栄誉、褒章受賞などがあります。ちなみに、調査では高級腕時計の購入では「婚約・結婚」が大きなきっかけになっています。
次に、購入した理由は何かです。高級時計では、前のものが古くなってこわれたから。もっと良いものが欲かったから。服に合うものが欲かったから。パーティ用に。コレクションとして。ビジネス用として。スポーツ・カジュアル用として、などいろいろな理由があげらけています。
もうひとつの「なぜ、選択されたかの」の側面は、その商品としてどんな点に魅力を感じたかです。最も多いのは、性能、デザインがすぐれている点、次いで、アフターサービスが安心といった点があげられています。
(つづく)
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