極真空手を愛し、18歳で風になった息子の魂 息子の愛した空手を通して、生きていく事を決意
 
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2024/01/20 21:10:09|メッセージ
主人の絵(机上戦)他
  
      第16回齣展  机上戦

’24・1・20(土)雨   今日は大寒 

女子部の稽古の日でしたが
脇腹が痛いので稽古に行く訳にはいきません。
こうしてお休みが続いていると、稽古に行く気分も薄れてきます。
この歳ですから、空手はどうでもいいような気がしてきました。

昨日からのお天気予報の通り、午前中から雨が降り出しました。
昨日は暖かかったのに、今日は気温も低く寒い一日となりました。

そう言えば今日は「大寒」これからまた暫く寒い日が続くのでしょう。

主人をケアセンターへ送り出す必要も無くなったので、その点については随分楽になりました。

でもその代わりに朝起きても何故か物足りなく心寂しい毎日です。

上の絵は数年間友田の壁に掛かっていたのですが、市のコミュニティセンターで個展をやってくださった時壁から外して展示してくださいました。
その時お世話になった方も数年前にお亡くなりになってしまいましたが。

絵が戻ってきた時また壁に掛けて置けば良かったのですが、他の絵と一緒に立てかけて何年も経ってしまったら劣化してしまいました。
主人が管理できない以上、私にも出来ないので劣化することも諦めていたのです。

私の好きな絵の一つだったのですがしかたありません。

こんな年賀状が
主人が会社に勤めていた頃からのお仲間さんへの年賀状です。
   

22年の年賀状に、絵が描きたくても材料が思い浮かばないで悩んでいる気持ちを書いていました。
どうしても描くことが出来ないので、一旦齣展を退会することを決めた文面です。
それでもまた描けるようになったら・・・という淡い希望は持っていたのです。

でもこの方がこの年賀状を投函する前に突然亡くなってしまい、投函されないまま我が家に残っていました。

この頃から主人の腕の痛みが強くなっていたのです。
もっと早く何とかしてあげれば良かったと思うのですが、今となってのどうすることも出来ません。

今日は他の事も整理していたら、主人が元気だった頃の写真が出てきました。

これからまだまだ主人との思い出に触れる事が多くなることでしょ
う。

 この二匹は主人がいたことを覚えているのでしょうか。
   

年賀状の代わりに、寒中見舞いのお葉書を数名の方からいた出来ました。
その返信を書いて、その文面に主人の最期の様子を簡単にお知らせしました。












2021/10/19 23:22:58|メッセージ
午前の稽古他
             季節外れに咲いている我が家のサツキ

’21・10・19(火)曇り      今日は5人でした   

朝から曇り空の寒い一日となりました

主人は起きてこないので朝食も出さずに10:30道場へ。
駐車場に着くとNABE先輩とK・Mさんと一緒になりました。
2人は傘を持って車から降りてきましたが、私は傘を持たずです。

3人で新人さんが来るだろうか・・・と期待の話しをしながら歩きました。

道場に入るとまだ新人さんは来ていませんでした。
更衣室で着替えて下に降りても、新人さんはとうとう現れませんでした。

でもNT先輩が来て、月先輩も稽古に参加したので今日は5人となりました。

そして検温をしてから始まった今日の稽古は
勿論いつも通りの準備運動からです。
準備運動の前後の開脚の時、先生が
「つま先を前に伸ばしたり上に向けたり左右に動かしただけでもどこの筋が伸びて
 いるかが分かると思います。その違いを感じながら行ってください。」
というような事を仰いました(言葉はこの通りでは有りません)。」

今日は逆正座を行った時、私は股関節が痛くなってしまいました。
その日によって痛みを感じるところが違います。

もう開脚で180度はすっかり無理になってしまいました。

準備運動が終わると基本稽古です。
初めの中段突きは20本 その後の突きは10本ずつ。

騎馬立ちでの基本は肘打ち上げの時は肘が肩より上になるように。
打ち下ろしは中心線に下ろす。
その後の肘打ち10本 下突き20本。

それから「受け技」「手刀で打ち技」と続きました。

軽くストレッチ 結び立ち黙想&水分補給
次は足技の基本稽古です。
いつも通り前蹴りと回し蹴りが20本で後は10本ずつでした。

今日は今までの詳しいアドバイスは抜きでしたが、ところどころに分かり易いアドバイスが入りました。
それに鏡を見ての前後左右のステップ スウィッチ 1分間の対面シャドーが入りました。

そして円形逆突きで基本稽古は終わりです。

正座しての黙想 水分補給。
何時もこの時次は何だろうと思います。
今日は少し時間が残っています・・・移動稽古かなあ。

黙想が終わると「移動稽古を行います。」の先生の指示。
今日の移動稽古は場所を移動しないでのゆっくりの運足でした。
左前屈立ちで1カウントで前に後ろにを10カウント。
久しぶりできつかったですが、マットが良く滑ったので割合楽でした。
次は右前屈立ちで同じように前に後ろに10カウントずつでした。
でもここまで行うと結構疲れました。

やっと終わり、次は・・・「4つのステップです。」と先生の指示。
これは私の苦手な稽古です。
ステップだけならまだ良いのですが、そこに追い突きが入ったり前足の受け 後ろ足での受けを入れながら追い突き逆突き下突きが入ると、もうメタメタです。
そしてこの移動稽古はそれまでそれ程疲れを感じなかったのに、何故か一気に疲れてしまうのです。

最後の最後でどっと疲れて、締めの突き蹴り10本ずつで今日は終わりました。
それでもかなり涼しかったので、汗は流れませんでした。

そして終わって皆さんは復習
私は書道クラスがあったので、少し皆さんの復習を見てから更衣室へ。

家に帰ると主人は起きてテレビを観ていましたが、まだ何も食べていないと言うので一緒に昼食です。
昼食を済ませると、また主人はベッドに入って眠ってしまいました。

私は2:00からの書道クラスへ。
今月の課題を数枚ずつ先生に見て頂いて、提出作品を選んでいただきます。
提出してしまえば、後は良くても悪くてももう良いのです。

でも来月11月のテキストが28日頃届きます。
そして11月2日には試作品を書かなければなりません。
日にちが少ないのでその間が忙しいですね。

31日は成嶋道場になってから初めての審査日です。
書道が忙しいのでスタッフとして参加できるかどうかですね。

そういえば衆議院議員選挙日でも有りますね。
なんだか忙しく10月が終わってしまいそうです。











2015/11/19 22:18:41|メッセージ
遂にスマホ&ポチ子さん
 
’15・11月19日(木)晴れたり曇ったり
 
         これから苦労して・・・     
 
暫く前か私の携帯が
タラララ タラララ タラララ と三回鳴るようになっていました。
ただなるだけで、何のメッセージもありません。
訳が分からないまま、あまり持ち歩かないようにしていました。
その鳴る回数が、少しずつ多くなってきたように思っていたのです。
 
今日ケアマネージャーさんが来ている時、丁度その音が鳴りました。
訳が分からないことを話すと、裏に着いているふたを開けてバッテリーを調べてくださいました。
 
私はそこが開けられることも知りませんでした。
多分もう5年も使っていると話したら、びっくりされてしまいました。
そして蓋を開けてバッテリーを取り出し、少しふっくらと膨らんでいることを教えてくださいました。
 
もうバッテリーを取り換える時期だと教えていただきました。
 
そこでケアマネージャーさんが帰られてから
早速auショップに行きました。
私の携帯はもう古すぎて、修理するにしても部品が無いとのこと。
 
私は全く関心がなかったのですが、ポイントが15000円余り溜まっているきいてびっくりです。
 
そのポイントのお金を使って買い替えるとしたら・・・と、いろいろ教えてくださいました。
 
携帯にするかスマートホンにするか・・・その間の機種もあると聞いてそれに決めました。
 
決めたのはいいのですが、今までの携帯とはやはり随分違います。
あれこれ あれこれ・・・いろいろ説明していただきましたが、その時は分かったつもりでも、家に帰ってからやってみると全く分かりません。
 
メールを打つのに声で文字を書けるというので、面白そうなので家でやってみました。
でもショップで教えていただいた時は分かったつもりになったのですが、家に帰ったら分からなくなってしまいました。
 
件名までは音声で文字が出たのですが、本文の欄がでてきません。
これからまだまだ四苦八苦して遊びながら理解していくしかありません。
それから、得意な人にお願いして教えていただきます。
 
昨日、アメブロchahaのブログに
ポチ子さんからコメントをいただきました。
またまた思いがけない縁がありました。
承諾をしていただいたので、ここでもお知らせいたします。
 
  コメント
   明日はいよいよ極真の世界大会ですね!!
   実家の近くのコンビニにも、ポスターが貼りだされていました。
   若手の上田選手、幼年の頃から空手をやっていますよね?
   昔、うちの道場生の女の子が、試合で秒殺された記憶があります(^0^;)
 
        あと総本部の女性の方は、調べてみたら私と同じ大学出身なのですね!!
   もっと大学側もピックアップして欲しいですね!!
   間接的な後輩になりますが、頑張って欲しいですね!!
 
                         ポチ子
 






2014/11/19 21:09:14|メッセージ
風に乗ってメッセージ
 
’14・11月19日(水)晴れ    こんな事があったとは    
 
T・Mさんより 
私を通じて風彦君の声を届けられているのであれば、本当に嬉しい事です。
ブログへの記載は、こんな文章で宜しければどうぞご自由になさってくださいませ。

お母様も現在、空手を習っていらっしゃるということですが
その事は、前に雑誌での風彦君の特集記事を読んで存じ上げておりました。
ワールド空手という空手雑誌です。

私の年齢でも、空手を今から始めるというのは、なかなか考えにくいことなのに
お母様の並々ならぬ想いを感じ、友人と二人で記事を読みながら涙しました。
今もなお続けていらっしゃるということで、本当にすごい事だと思います。

この空手雑誌との出会いは、やはり風彦君の名前でネット検索した事によるものでした。
確か6、7年前のことだったかと思います。
その頃お母様のブログは出てきませんでしたので、まだ始められていなかったのでしょうね。

何故そのようにネット検索をするようになったかというと、ひとつ理由がありました。
私がずっと風彦君のお墓の場所を知らなかった為です。
誰に聞いても、私の周りで知っている人は一人もおりませんでした。

時が流れて世の中がネットの時代となり、私自身もパソコンを扱うようになった時ふと風彦君の名前で検索したら、何かわかるのではないかと考えたのです。
私はお恥ずかしながら、空手に関しては全くの無知ですが、風彦君が空手で名の知れた人だということは知っていました。
あまり深く考えずに、なんとなく検索してみたのですが、その結果ワールド空手と出会うことになったのです。

本当はご自宅に電話のひとつでもかけられれば良かったのですが、まさか私の存在を知られているとは思っていなかったので、恐れ多くて勇気が出ませんでした…。

私は平日は池袋まで仕事に出ているのですが、土日はお休みです。
もし土日で予定の合う時がございましたら、友人共々お線香をあげさせていただければと思っているのですが、ご都合はいかがでしょうか。
 
宜しくお願い致します。
 
 
風彦の母より
またまたこのメールを頂いてびっくりいたしました。
あの時のワールド空手を読んでくださっていたとは。
私が全く思ってもいなかったところで、Mさんが一生懸命風彦のお墓を探していてくださったのですね。
 
風彦の亡き後次々に不思議な出来事に遭い、そういうこともどうにか薄れてきたかと思っていた今頃になってのMさんとの巡り合わせです。
 
本当に時の流れはあまりにも速く、風彦が亡くなってから15年目に入っています。
それなのにまたも風彦の私の知らない思い出が、私の目の前に突然現れました。
 
風彦が亡くなった時は、私はまだ携帯もパソコンも持っていませんでした。
携帯を持つことも、パソコンを持つことも、風彦に申し訳ない気がしていたのです。
 
この頃、かなりお友達は携帯を持ち始めていましたね。
でも風彦は欲しいということを申しませんでした。
私自身も、社会人になって自分で支払うことが出来るようになってからでいいと思っていたのです。
 
風彦が亡くなってからというもの、
「こういうことになるのだったら経験させてあげれば良かった」
と思うことが次々に出てきました。
 
しかし友達に押されるように私はパソコンを持ち、そのうち多摩ケーブルさんがwebを始めることになり、訳が分からないままに登録し、訳が分からないままにキーを打ち込んで短い記事を投稿していました。
 
何度か止めようと思ったこともあるのですが、何とか読者の皆様に支えられながら続けてきました。
その結果、このようにMさんと巡り合うことができたのです。
 
生きていると大変なことも沢山ありますが、こんな思いがけないことに出会うこともあるのですね。
 
お友達といっしょにお線香をあげに来てくださるとのこと。
楽しみにお待ちしております。
風彦もきっと喜ぶことでしょう。






2014/11/16 22:01:17|メッセージ
風に乗ってメッセージ
 
’14・11月16日(日)晴れ 
 
          ありがとうございます     
       
また、メッセージが届きました。
私にとっては非常に大事なメッセージですので、またここに残したいと思います。
 
彼女にはある程度了解を得ております。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ブログに私のメールが掲載されているのを拝見しました。
やっぱりすごく恥ずかしいですが、それほど喜んでいただけて私も嬉しいです。

それにしても本当に、時が過ぎるのは早いですね。
私の中学時代は、もうかれこれ17年も前のことですが、未だに昨日の事のように思い出せます。

私は実は中学3年生の後半は、軽い登校拒否みたいになっており、あまり学校へ行っておりませんでした。
今ではちっぽけな悩みだったと思えますが、その頃はとても辛い思いでした。
そんな中でも風彦君は「待ってるから学校においで」と、励ましの言葉をくれていました。

一度私の家に彼から電話がかかってきた時には、とても混乱したのを覚えています。
私の母親が取り次いでくれたのですが、相手が風彦君だと言われると
家族の前で電話に出るのも恥ずかしいし、かといって出ないわけにいかないので
思わず母親に向かって「どうしよう!?」と叫んでしまっていました。

その後結局、電話の子機を外へ持ち出して、外で話していたのですが
近所の犬の鳴き声を聞いて「なんで外にいるの?」と、彼に不思議がられてしまいました。
私は三人兄弟で、当時は自分の部屋なんてなかったのです。

そういえば先日、押入れの中から風彦君との数少ない思い出の品々を出してきました。
卒業式の時に貰った第2ボタンや、二人で撮った唯一の写真などです。
お母様にも、いずれ直接お見せできればいいなと思います。

                       11・13
T・M
 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
またもこのようなメッセージ、ありがとうございました。
風彦と交わされた言葉から、風彦の声がはっきりと聞こえてきました。
 
親には決して見せなかった、T・Mさんにだけ見せた風彦の心が読み取れます。
 
我が家には風彦の部屋はとりあえずありましたが、電話機は昔のダイヤル式。
ですから多分親が2人ともいなかった時に電話を掛けたのでしょうね。
私もず~っと勤めていたものですから。
 
卒業式の時の学生服のボタン、風彦が卒業を迎えるまで男子が女子にボタンをあげるというようなことがあることを知りませんでしたが、風彦のボタンが無くなっていたことを知って嬉しかったことを覚えています。
 
風彦のお友達のボタンが殆ど無くなっているのを見て、陰ながら風彦のボタンを欲しがってくれる女の子がいるのだろうかと気にしていたのです。
 
第二ボタンは彼女に・・・ということなのでしょうか。
 
初々しい男女の心ですが、風彦にもそんな経験が出来たことを親として嬉しく思います。
そして風彦にほのかな愛の経験を与えて下さったあなた様に感謝を申し上げます。
 
私の知らない風彦、差支えなかったらどんな些細な事でも結構ですから教えていただけたら嬉しいです。
 
風彦が亡くなって早くも14年4か月余り過ぎました。
何年たっても、風彦に会いたいと思う気持ちは消えることはありません。
 
そのうちMさんにお会いできる日を楽しみにしております。
 






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