お母様も現在、空手を習っていらっしゃるということですが
その事は、前に雑誌での風彦君の特集記事を読んで存じ上げておりました。
ワールド空手という空手雑誌です。
私の年齢でも、空手を今から始めるというのは、なかなか考えにくいことなのに
お母様の並々ならぬ想いを感じ、友人と二人で記事を読みながら涙しました。
今もなお続けていらっしゃるということで、本当にすごい事だと思います。
この空手雑誌との出会いは、やはり風彦君の名前でネット検索した事によるものでした。
確か6、7年前のことだったかと思います。
その頃お母様のブログは出てきませんでしたので、まだ始められていなかったのでしょうね。
何故そのようにネット検索をするようになったかというと、ひとつ理由がありました。
私がずっと風彦君のお墓の場所を知らなかった為です。
誰に聞いても、私の周りで知っている人は一人もおりませんでした。
時が流れて世の中がネットの時代となり、私自身もパソコンを扱うようになった時ふと風彦君の名前で検索したら、何かわかるのではないかと考えたのです。
私はお恥ずかしながら、空手に関しては全くの無知ですが、風彦君が空手で名の知れた人だということは知っていました。
あまり深く考えずに、なんとなく検索してみたのですが、その結果ワールド空手と出会うことになったのです。
本当はご自宅に電話のひとつでもかけられれば良かったのですが、まさか私の存在を知られているとは思っていなかったので、恐れ多くて勇気が出ませんでした…。
私は平日は池袋まで仕事に出ているのですが、土日はお休みです。
もし土日で予定の合う時がございましたら、友人共々お線香をあげさせていただければと思っているのですが、ご都合はいかがでしょうか。
宜しくお願い致します。
風彦の母より
またまたこのメールを頂いてびっくりいたしました。
あの時のワールド空手を読んでくださっていたとは。
私が全く思ってもいなかったところで、Mさんが一生懸命風彦のお墓を探していてくださったのですね。
風彦の亡き後次々に不思議な出来事に遭い、そういうこともどうにか薄れてきたかと思っていた今頃になってのMさんとの巡り合わせです。
本当に時の流れはあまりにも速く、風彦が亡くなってから15年目に入っています。
それなのにまたも風彦の私の知らない思い出が、私の目の前に突然現れました。
風彦が亡くなった時は、私はまだ携帯もパソコンも持っていませんでした。
携帯を持つことも、パソコンを持つことも、風彦に申し訳ない気がしていたのです。
この頃、かなりお友達は携帯を持ち始めていましたね。
でも風彦は欲しいということを申しませんでした。
私自身も、社会人になって自分で支払うことが出来るようになってからでいいと思っていたのです。
風彦が亡くなってからというもの、
「こういうことになるのだったら経験させてあげれば良かった」
と思うことが次々に出てきました。
しかし友達に押されるように私はパソコンを持ち、そのうち多摩ケーブルさんがwebを始めることになり、訳が分からないままに登録し、訳が分からないままにキーを打ち込んで短い記事を投稿していました。
何度か止めようと思ったこともあるのですが、何とか読者の皆様に支えられながら続けてきました。
その結果、このようにMさんと巡り合うことができたのです。
生きていると大変なことも沢山ありますが、こんな思いがけないことに出会うこともあるのですね。
お友達といっしょにお線香をあげに来てくださるとのこと。
楽しみにお待ちしております。
風彦もきっと喜ぶことでしょう。